IBMは、米国時間2月11日にサンフランシスコで開催した同社の「Think 2019」カンファレンスにおいて、政府が幼稚園に対する助成を行うべきかどうかという討論を実施した。しかし、この討論の真の焦点は助成の是非ではなく、IBMの「Project Debater」と呼ばれる人工知能(AI)システムが、数々の討論で勝利してきた人間を論破できるかどうかというところにあった。
その答えはノーだった。
世界最大の討論トーナメント「World Universities Debating Championship」の2016年大会の決勝進出者でもあるHarish Natarajan氏は、数百人の聴衆を前にした討論で、AIを活用したDebaterよりも多くの聴衆の意見を変えさせることに成功したのだった。少なくとも、オックスフォード大学とケンブリッジ大学の学位を有している同氏によって、人間は知識や説得、議論のあやという点で現時点で機械よりも優位に立てることが実証されたわけだ。
多くの討論で勝利した実績を持つHarish Natarajan氏が、「IBM Think 2019」カンファレンスでDebater(ディスプレイ上にはブルーの長円形が表示されている)と討論しているところ。
提供:Stephen Shankland/CNET
今回の結果は、IBMのチェス専用コンピュータ「Deep Blue」が1997年にチェスの世界チャンピオンに勝った時や、Googleのコンピュータ囲碁プログラム「AlphaGo」が2017年に世界王者との3番勝負で圧勝した時のようにニュースの見出しを華々しく飾るものにはならなかった。それでも今回の討論は、ゲームにおいてどちらが勝ったのかという単純な状況ではなく、あいまいで議論を呼ぶような状況でもAIの有用性があるということを示す事例となった。
Natarajan氏は討論の後、「本当に衝撃を受けたのは、IBMのDebaterと人間が力を合わせた際に発揮されるであろう潜在的価値だ」と述べた。また同氏は、IBMのAIは大量の情報のなかから、その知識に有用な内容を探し出して用いることができたとも述べた。
DebaterはIBM社内で何十回も討論をこなしており、公の場で人間と討論したのも今回が初めてではなかった。最初に公の場で戦った際には、数々のディベートで勝利した実績を持つ2人の人間とディベートし、片方のディベートで見事な勝利を収めた一方、別の相手との討論では惜敗を喫した。しかし今回の相手はより手強かった。実際のところ、何年も同プロジェクトに携わっているIBMの研究者らもAIの負けを予想していた。
コンピュータの説得力
Debaterは今回、勝負には負けたが、ある意味で勝ったと断言できる。人々がDebaterの発言を聞いている間、コンピュータが何かを主張しているということではなく、主張している内容を評価していたためだ。Debaterは論点を整理し、いくつかのポイントに分割してから、それぞれをさまざまな研究データから裏付けてみせた。完璧な討論とは言えなかったが、要点を突いていた。
そしてDebaterはAIにしては奇妙なことに、ヒトは行儀良く振る舞うべきだと主張した。
「自分よりも恵まれない人々に対して機会を与えるというのは、人類すべてにとって道徳上の義務であるべきだ」(Debater)
IBMのDebaterは、そのディスプレイ上でブルーの円が弾んで稼働中であることを表示するようになっている以外、「2001年宇宙の旅」に登場する謎の物体「モノリス」を思い起こさせる形状となっていた。ただその舞台裏では、IBMのクラウドコンピューティングインフラ上のパワフルなマシン群が稼働している。
提供:Stephen Shankland/CNET