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ライフサイエンス業界に到来するデジタル破壊の行く末--EYの専門家

國谷武史 (編集部)

2019-02-27 06:00

 英Ernst & Young(EY)は、2018年3月に発表したレポートで、ライフサイエンス業界(健康・医療・医薬・生命科学などの分野)がテクノロジ企業に遅れを取るリスクに直面すると指摘した。このレポートを担当したEY Global ライフサイエンス・セクターリーダーのPamela Spence氏は、「ライフサイエンス業界は保守的な姿勢を改め、テクノロジを含む新たな業界とエコシステムを形成しなければならない」と警鐘を鳴らす。

 このレポートでEYは、消費者の行動変化とテクノロジの台頭がライフサイエンス分野への異業種参入と競争の激化をもたらすと分析。2023年までにFortune 500のライフサイエンス企業の75%以上が淘汰(とうた)されると予想している。Spence氏によれば、この変化は単に既存の業界構造を“破壊”するというだけでなく、新しい業界構造の形成にも影響を及ぼす。その意味でレポートのメッセージは、ライフサイエンス業界にとどまらないものであるようだ。

 Spence氏は、ライフサイエンス業界の現状を「3.0」と表現する。同業界は研究開発や治験に基づく医療(1.0)からジェネリック薬品に代表されるような医療の“一般化”(2.0)を経て、現在の3.0は人工知能(AI)など新しいテクノロジの台頭がもたらす大きな変化の真っただ中にある。そして同氏は、その先にデータドリブンと異業種エコシステムのプラットフォームを通じた「4.0」の世界が実現されていくと説明する。

 この変化をもたらす消費者の行動変化とは、要は「病気を治す」から「病気にならない」という健康志向の高まりになる。病気になれば医療費が掛かり、生活への負担も大きい。そこで近年は、スマートフォンやウェアラブル機器などのセンサでユーザーのバイタルデータを蓄積・分析し、健康を維持するためのアドバイスを提供するようなサービスが人気を獲得し始めた。

 ライフサイエンス業界は長らく難病を克服するための高度な医療技術や有効性の高い医薬の実現に向け、研究開発と“ソリューション”の提供に注力してきた。ここでもテクノロジは、例えばハイパフォーマンスコンピューティングのシミュレーションといった形で活用されているが、コストの高騰ぶりが課題だ。ビジネス面で“ソリューション”は大きな利益をもたらすと期待されるが、研究開発の成果が実を結ぶケースは少ない。それに加えて先進国を中心とする高齢化社会の進展が医療・福祉の深刻な財源不足という問題をもたらしている。

 EYのパートナーでライフサイエンス分野の企業戦略などを担当するPeter Behner氏は、消費者の行動変化をきっかけとして、この分野の多くの関係者(政府や生命保険業界など)が“健康”を重視し始めたのに対し、従来型の業界企業は“治療”を重視しており、このギャップが業界変革における最大の障壁だと指摘する。

 「テクノロジによって身体情報のプライバシーが脅かされるという消費者の懸念を挙げる声も聞かれるが、実際には、消費者の47%が健康の維持・向上において個人情報の提供や共有に積極的であることが判明している。従来型の業界企業は保守的な姿勢を貫こうとするのではいけない」(Behner氏)

 一方で変化を好機と見て、ライフサイエンス企業とテクノロジ企業の共同での取り組みも広まりつつある。例えば、医療画像をAIで解析することで迅速かつ的確な診療方針を導き出したり、創薬開発の成功率を高めたりする研究などがあるが、やはり鍵を握るのは、生活習慣の改善など健康増進に関するテーマになる。

 「例えば、消費財の世界では購買実績や顧客ニーズなどのデータに基づく商品提案や開発などが進み、消費者にもライフスタイルの向上につながると支持されている。ライフサイエンスにおいても、消費者データの活用から個々人に最適化された健康維持につながるサービス、割安な保険などの実現につながり、大きな消費者メリットとして支持されていくことになるだろう」(Spence氏)

EY Global ライフサイエンス・セクターリーダーのPamela Spence氏(右)と、ライフサイエンス トランザクション リーダー パートナーのPeter Behner氏
EY Global ライフサイエンス・セクターリーダーのPamela Spence氏(右)と、ライフサイエンス トランザクション リーダー パートナーのPeter Behner氏

 Spence氏は、今後こうした変化のスピードが加速し、ライフサイエンス業界における“パワーバランス”が“治療”を重視から“健康”を重視にシフトしていくと指摘する。先のレポートにある、「2023年までに業界の企業の73%が淘汰される」という予想は、同業界で“既得権益”に固執し続ける企業の行く末という意味になるようだ。

 Behner氏は、「究極的には遺伝情報に基づく病気の予見や健康寿命の獲得といったことになるだろうし、そこに向けてテクノロジやビジネスのプラットフォームが整備されていく」と話す。Spence氏も、「業界の既存企業はもはや保守的な意識を変えなければならないし、テクノロジ企業もまたライフサイエンス業界の既存ビジネスに攻勢をかけるのではいけない。両者がともにより良い社会を築く共通の目的を持ったパートナーとして、エコシステムを築いていくべきだ」と述べている。

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