リアルタイム性におけるエッジコンピューティングの方向性

ZDNET Japan Staff

2019-10-03 06:00

 IoTやAI(人工知能)などにおけるビッグデータの処理は、既存の大規模データセンターで行う場合、大規模な電力消費やコスト、ネットワークのレイテンシー(遅延)といった課題を伴うことから、データが生成される場所に近い領域で行う「エッジコンピューティング」という考え方が注目されている。イーソルが9月27日に開催した「eSOL Technology Forum 2019」の特別講演では、九州大学大学院 システム情報科学研究院 情報知能工学部門の井上弘士教授が、エッジコンピューティングにおけるアーキテクチャーの方向性について紹介した。

九州大学大学院 システム情報科学研究院 情報知能工学部門の井上弘士教授
九州大学大学院 システム情報科学研究院 情報知能工学部門の井上弘士教授

 まず井上氏が触れたのは、エッジコンピューティングに至るまでのCPUやコンピューティング環境の変化だ。1970~1990年代は主に計算能力を高める図るべく、CPUでは“ムーアの法則”のもとプロセスルールの微細化による動作周波数の向上と命令レベルの並列処理化が進んだ。2000年代は動画像などのメディア処理が加わり、CPUにさらなる高性能化が求められた一方、コア当たりの発熱量が大きな問題となり、プロセスルールの微細化も難しくなり、マルチコア/メニーコアによる並列処理が定着した。

 “ムーアの法則”の限界が指摘される中で、現在はビッグデータやIoT、AIなどへの期待が高まり、コンピューターアーキテクチャーの新たな方向性を考えるべきタイミングを迎えている。その1つが社会応用という身近な視点であり、IoT/ビッグデータ処理やリアルタイム制御を可能にするエッジコンピューティングがこれに当たる。

 近年のコンピューターは小型化、高性能化、低コスト化が進み、かつてのデータセンターで稼働するスーパーコンピューターに近い処理能力を現場環境でも利用できるようになってきた。エッジコンピューティングの一面は、その能力を生かして実世界のデータを利用する「サイバーフィジカルシステム」の情報処理基盤といえる。

コンピューターの高性能化によって実世界におけるリアルタイム制御の可能性が高まり、エッジコンピューティングに適したアーキテクチャーが必要とされている
コンピューターの高性能化によって実世界におけるリアルタイム制御の可能性が高まり、エッジコンピューティングに適したアーキテクチャーが必要とされている

 これまでのコンピューティングにおける実行方法は、基本的に応用(アプリケーション)に依存しない(入力に従って順番に演算、出力する)モデルが長く採用され、実装において応用に合わせた最適化がなされてきた。一方、現実世界の状況(シチュエーション)を対象とするエッジコンピューティングでは、常に多様に変化するシチュエーションを理解して適応的に情報を処理していく実行モデルが必要になるという。「Approximate Computing」とも呼ばれ、従来のように“ムーアの法則”に基づいて計算結果の完全性を極限に追究するコンピューティングよりも、現実世界のシチュエーションに即して適切な計算結果を利用していくというコンピューティングの考え方だ。

 例えば、「モデル予測制御」によってプラント機器の最適な制御をリアルタイムに行う場合、制御機器(コントローラー)は制御対象の機器を最も効率的に稼働させる実行モデルに基づき、プラントのシチュエーションから最適な操作量をリアルタイムに計算しながら値を決定する。この際、従来型の実行方法では大きく変化するプラントのシチュエーションに対応可能な時間計算量が不足し、リアルタイムな計算処理ができない事態が生じ得る。

アーキテクチャーの方向性の1つとして、計算出力の精度が一定程度ながら予測による並列計算でリアルタイム性を実現していく
アーキテクチャーの方向性の1つとして、計算出力の精度が一定程度ながら予測による並列計算でリアルタイム性を実現していく

 そこで、物理法則に従ったプラントのシチュエーションはある程度予測できるものとし、予測したシチュエーションを用いて事前に並列計算を行うことで、リアルタイム制を確保する。計算結果(操作量)の精度は、従来型の実行方法に比べて低いものの、一定精度のリアルタイムな制御を実現することができる。当然ながら事前に行う計算が正しい結果にならないこともあるため、予測精度や実行モデルを改善していくことも重要になる。

 加えて井上氏は、IoTの導入が進まないとも指摘している。その理由は、利用者の求めるIoTの用途が非常に多岐にわたる一方、IoTを提供する側は採算性を見込める用途に注力する需給ギャップだという。

 このため九州大学は、NECと共同でこのギャップを解消するための「My-IoTプロジェクト」を進めている。マーケットプレースでIoT利用者が開発するシステムを販売したり、別の利用者が購入して新たなシステムを開発し、それを再度販売したりできるようなエコシステムの実現を目指しているという。また、九州大学の伊都キャンパス(福岡市西区)をIoTの実証実験環境として利用できる取り組みも行っている。

IoT普及の障壁に多様なニーズとビジネスの採算性におけるギャップがあるとし、九州大学ではその解消に向けたプロジェクトも推進している
IoT普及の障壁に多様なニーズとビジネスの採算性におけるギャップがあるとし、九州大学ではその解消に向けたプロジェクトも推進している

 最後に井上氏は、エッジコンピューティングの方向性についてハードウェアとソフトウェアによるシステムレベルにとどまらず、現実世界での利用シーン(サービスや運用)と社会も踏まえたアーキテクチャーにしていくべきだと提起した。

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