AWS re:Invent

フルクラウドを選んだ企業はどう移行を進めているのか

國谷武史 (編集部)

2019-12-23 06:00

 オンプレミスとクラウドを組み合わせたハイブリッド型でITインフラ環境を運用する企業は少なくないが、さらに、そこからクラウドへ全面的に移行するというケースはそう多くはないだろう。フルクラウド化を決意して移行を進めているゼンリンデータコムの技術本部に、その歩みを聞いた。

 地図情報サービスを手掛ける同社は、ナビゲーションサービス「いつもNAVI」や、交通、観光、災害対策、位置情報データの解析などのさまざまなサービスをパートナーと共同で広範に提供している。これらのサービスは突発的なアクセス増に直面することが多く、その基盤となるITインフラでは、膨大な数の仮想サーバーが稼働している。

 「新しいサービスのほとんどをAWS(Amazon Web Services)で構築し、一部の古いサービスがオンプレミスに残っている。もはやサーバー台数で規模を表現するのが良いか分からないが、AWSで3000台以上が稼働し、オンプレミスに残る約1800台もクラウドに移行する」(取締役 執行役員 技術本部長の奥正喜氏)

ゼンリンデータコム 取締役 執行役員 技術本部長の奥正喜氏、技術本部 技術統括部 副部長の渡邊大祐氏、技術本部 技術統括部 エキスパートエンジニアの水尾千寿氏(左から)
ゼンリンデータコム 取締役 執行役員 技術本部長の奥正喜氏、技術本部 技術統括部 副部長の渡邊大祐氏、技術本部 技術統括部 エキスパートエンジニアの水尾千寿氏(左から)

 同社がAWSを採用したのは、2012年頃にさかのぼる。それ以前の基盤は、オンプレミスで仮想化統合により構築した環境であり、突発的に発生する自然災害によって災害対策サービスへのアクセスが激増し、リクエストを処理できない状況に度々見舞われることがあった。

 「交通系や気象系のサービスの裏側を当社が担当しており、突発的な災害の発生によってアクセスが集中する。当時はそう簡単にサーバーを増やせるわけではなく、アクセスしたユーザーのリクエストに応えられないのが課題だった。(共同でサービスを提供するビジネスパートナーの)お客さまにも迷惑をかけてしまい、お詫びをすることも度々あった。もちろんお客さまの立場にすれば、エンドユーザーに『サービスを提供できない』というわけにはいかない」(奥氏)

 同社にとっては、災害などの緊急事態に情報を求めるエンドユーザーへできる限り応じられることが事業を左右する。このため急なアクセス増に応じてサーバーリソースを増強できるクラウドの採用は必然的な選択であったという。ただ、当時は現在のようにハイブリッド型でITインフラを構築するというケースが少なく、その方法を体得するには多くの労力と時間を費やしたそうだ。

フルクラウド化を決意

 今でこそハイブリッド型でITインフラを構築、運用する方法やノウハウなどは、だいぶ整備されてきた。2018年に経済産業省が発行した通称「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート」の中では、企業に対して古いITシステムのクラウド化を進めなければ、将来的に“技術負債”となって事業での競争力の足かせになると指摘されている。

 その状況を奥氏に聞くと、「正直『ようやくなのか』とは感じる。われわれの場合、当時は(サーバーリソースを増強する)オートスケール機能が必須と判断し、クラウドを採用せざるを得なかったが、今ではクラウドのマネージドサービスでインフラの面倒を見なくて済む部分が多く、エンジニアもサービスの開発に集中し効率的に活動できることが利点になっている」と話す。

 上述のように同社では、クラウド導入後に開発した新しいサービスをクラウドで運用している。一方、それ以前のオンプレミスで運用してきたサービスに関する対応が課題だった。それは現在、多くの企業にも共通したものになっている。

 奥氏によれば、同社はサービスを中断なく提供できるようにすることを重視し、経営方針でクラウドへの全面移行を意思決定した。現在はその道半ばにいるが、移行コストが大きな問題になった。

 技術本部 技術統括部 副部長の渡邊大祐氏は、「あくまで試算になるが、保守費やハードウェアの原価償却、ハウジング設備の賃料など移行完了後の純粋なインフラコストは3割減を見込んでいる。それよりも移行で一時的に発生する大きなコストがネック。オンプレミスにはRHEL 5.x系で稼働しているようなレガシーアプリケーションも多く、『バージョンアップすればAWS上で動くのか?』といった調査から始めないといけない」と話す。

 このため同社は、AWSとVMwareが2017年に発表した「VMware Cloud on AWS」の採用をいち早く決めた。「フルクラウドに行くと決め、コストをかけてでもやるしかないと覚悟していたところ、VMware Cloud on AWSが出て、これを活用できるかもしれないと考えた。インフラチーム(渡邊氏やエキスパートエンジニアの水尾千寿氏ら)が検証して機能要件も非機能要件も満たせる期待を得られたので決断した」(奥氏)

 渡邊氏によれば、VMware Cloud on AWSが登場したことにより、ネットワークの設定など幾つかの懸案事項はあるものの、クラウドに移行するサービスの調査、作業工数、そのために必要な人的リソースの確保などが基本的に不要となり、膨大なコストを節減できているという。

 今後は基本的にフルクラウドへ移行していくというが、奥氏によると、全てのサービスを対象にするかどうかは、適宜判断しているという。オートスケールなどのクラウドが勝る機能の必要性が増すかどうか、現状の収益と保守が不可能になるタイミングとのバランスなどを基準に、サービスごとの状況に検討する。

 「われわれのサービスは、一般的な企業の基幹系システムに比べれば小さいので、判断しやすいともいえる。今オンプレミスにあるサービスは収益性があり、機能を拡張して収益性をさらに高めたいという狙いもあるので、ここはお客さまとも相談しながら判断していくことになる。意思決定が早いので、事業性がなくなったと見ればすぐに閉じていくことになるだろう」(奥氏)

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