契約などの電子署名ソフトウェアを手掛ける米DocuSignは、クラウドサービスの展開を通じて企業におけるドキュメント管理全般に事業領域を拡大させようとしている。同社CEO(最高経営責任者)のDaniel(Dan) Springer氏は、先に行った米ZDNetとのインタビューでその具体的な戦略を語っているが、今回は同氏に日本市場に向けた取り組みを尋ねた。
DocuSign 最高経営責任者のDaniel Springer氏
同社はこの分野のマーケットリーダーであり、2019事業年度(2020年1月期)は売上高10億ドルを見込む。だがSpringer氏によれば、同社のマーケットシェアは4%ほどしかない。主力事業の電子契約には、ドキュメントの準備(書類作成)から契約(署名・締結)、管理(確認や保存)のライフサイクルがあり、それらをカバーするソリューション市場として見れば250億ドルの規模になるという。
現在はこのマーケットにフォーカスし、クラウドサービス「DocuSign Agreement Cloud」を展開する。SAPやOracle、Microsoft、Salesforce.comなど約350社のパートナーの製品・サービスとAPIで連携し、契約にまつわるライフサイクル全般とドキュメントの活用を通じて、ホワイトカラーの業務プロセスに踏み込んだ改善のための方策を提供している。
同社のサービスはデジタルベースで構築されていることから、Springer氏は「最大のライバルは紙だ」と話す。電子化によって紙ベースの業務プロセスから脱却することはどこの国の企業でも長年の課題だが、その慣習や文化からの脱却は、容易ではない。そこでSpringer氏は、「コントラクトライフサイクルマネジメント」という概念を提唱する。先述のように、契約にまつわるライフサイクルやプロセスの管理を紙ではなくデジタルをベースに進める新しいやり方だ。
現在の顧客は世界で約56万2000社あり、これら顧客の契約相手企業は1億社に上るという。顧客は有償でDocuSignのサービスを利用し、契約相手は無償になる。紙の契約書の作成、郵送、確認と捺印、返信、管理、保存には実に多くのコストを伴う。それの多くがオンラインで省力化、効率化されるメリットを無償利用するエンドユーザーに体感してもらい、同社の顧客になってもらうのも戦略の1つになる。
例えば、米国では携帯電話事業者のT-Mobileが加入との契約や新入社員の事務手続きなどに、DocuSignの契約管理を利用する。DocuSignの顧客はT-Mobileだが、T-Mobileを通じてDocuSignの仕組みを無償利用するエンドユーザーの数は膨大だ。
Springer氏にとって日本は、デジタルベースのドキュメントソリューションの普及が大きく期待される市場だが、“紙文化”に加えて“ハンコ文化”が根強い。「日本企業に向けたローカライズのための投資をサービスでも事業体制でも強化している」と話す。
電子署名では、既に電子印影の機能を日本向けに提供するほか、2020年3月頃を目標に契約管理サービスの日本語化も図る予定だという。さらには日本法人の事業体制を強化し、2020年1月には倍増の40人体制に増やす。4月にはグローバル向けのユーザーカンファレスを日本で開催するという。
日本企業顧客は順次増えているといい、直近では三井物産の約5800人の社員が人事や財務、ITなどのバックオフィス業務にDocuSignを採用することが決まった。また、人材派遣のパソナで派遣業務に関するフロント業務にDocuSignを利用する。この他にも、例えば不動産業界やヘルスケアなど、とにかく紙の契約書類が多く手続きが煩雑な分野も電子化が期待されるとしている。
企業にとって電子化、ペーパーレス化は、そのメリットが知られながら、なかなか進展しない長年の課題だ。その突破の切り口としてSpringer氏は、ROI(投資利益率)とリーダーシップの2つを挙げる。「ある企業は、われわれを採用すれば『100円の経費で3500円相当の価値がある』と言ってくれた。そして、文化を変えるのは容易ではないが、デジタルが競争優位になると理解する企業ではトップダウンで一気に文化を変えている」
電子署名の切り口だけではニッチだが、その周辺領域には業務にまつわる無尽蔵の課題が山積しており、“電子化”というデジタルのアプローチで紙やハンコで築かれた企業文化を変えていこうというのが、Springer氏のビジョンだという
最後に、「パートナーの多くが実はDocuSignの株主でもあり、複数の日本企業からも出資をいただいている。私はDocuSignが好きで、この会社で働く社員にも長く活躍してほしいと思っている」と自身の信念を強調した。