本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティを向上させていくための視点やヒントを提示する。
引き続き新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックとそれに伴って急激に起こると予想される社会構造の変化、変化に対応するITやセキュリティ対策について述べていく。なお、筆者は企業経営を考える上で必要な社会におけるIT活用とセキュリティ対策について述べた緊急レポート「『withコロナ』経営者が今やるべきこと」を執筆し、8月6日に公開した。本稿ではその概要やレポートに書き切れなかったこと、別の切り口での説明なども併せて述べていきたい。
リモートワークにおけるコミュニケーションの課題
新型コロナウイルス感染症の拡大による政府の活動自粛要請で、初めて本格的なリモートワークを体験したと人も多いのではないだろうか。IT業界に長年身を置く筆者も週1回程度のリモートワークをしていた時期がそれなりに長いものの、今回のような本格的なリモートワークは初体験だった。
結果としては、意外とリモートワークでも仕事をできることが改めて分かったとともに、まるで世界レベルの巨大なリモートワーク実証実験のような状況となったため、その課題も明確になったと思われる。その中でも、コミュニケーションの課題が最も大きいだろう。メンバーがそれぞれ全く異なる場所にいるのだから当然と言える。もちろん、ウェブ会議のようなITツールを駆使するが、どうしても細かい意思疎通は滞りがちになる。
そして、コミュニケーションの停滞を避けようと、ウェブ会議を定期的に開催するようになる。対面ならすぐに終わるような小さなコミュニケーションに、どうしても時間が取られてしまう。さらに、画面越しのコミュニケーションは相手の表情や態度が良く分からず、相手の理解度などを認識しにくい。これらの点を考慮すると、対面でのコミュニケーションは五感の全てを駆使していたと、改めて痛感せざるを得ない。また、ウェブ会議も参加人数が多くなると発言する人が偏る傾向があり、あまり発言しない人の状況をつかみづらくなる。メンバー全体の意思疎通と個々人の意思疎通では全くやり方が異なり、あちらを立てようとするとこちらが立たなくなることがしばし発生する。
筆者は、こうしたミスコミュニケーションを防ぐために、自然と話す内容をできる限り事前に資料化してから説明するようになった。もちろん、これをすることによって伝達がスムーズになったが、その反面、資料作成のための時間が増えるという副作用も大きくなった。
対面での会議では、ホワイトボードなどで説明できたが、同じような内容をオンラインで伝えるのは思いのほか難しいことにも改めて気付いた。対面なら5~10分で済むような内容がウェブ会議では30分や1時間になることも多く、気が付くと1日の大半が終わっている現実に絶望してしまう状況が少なくない。現在のリモートワークには、このような「効率的とはとても言えない」状況があまりに多い。
コロナ禍によって、往復2時間やそれ以上もかかる通勤時間がなくなった代わりに、それまでとは異なる部分に時間がかかってしまうのがリモートワークの欠点と言える。しかも、いつでも休める環境にあるにも関わらず、つい長時間仕事をし続けてしまう。しかしながら、これらはITツールではなく運用面の問題だ。もう少しリモートワークの環境に皆が慣れてくれば改善されるかもしれないが、コミュニケーションのやり方というものは各人によって異なり、残念ながら絶対的な正解というものはない。この問題を日本の各企業が解決するにはもう少し時間がかかるだろう。ITは通信をつないでも、心をつないでくれるわけではなく、結局、試行錯誤を繰り返すしかないのだ。