2013年からクラウド移行を進める協和キリン--「高崎プロジェクト」を聞く

國谷武史 (編集部)

2020-10-13 06:00

 製薬メーカーの協和キリンは、2013年からクラウド移行を推進している。9月にオンライン開催されたAmazon Web Services(AWS)のカンファレンス「AWS Summit Online」では、サプライチェーン管理にまつわる基幹系データ処理などにAWS環境を活用する「高崎プロジェクト」を紹介、製薬業界では先進事例とされる同社の取り組みを聞いた。

目的は「クラウド化」にあらず

 現在の製薬業界では、研究開発や製造などのシステムにおいて「Computerized System Validation(CSV)」の順守が求められている。研究(GLP)や臨床開発(GCP)、サプライチェーン管理(GMP)、流通販売(GDP)、市販後調査(GPSP)の一連においてクラウドの利用や検討が進んでおり、アマゾン ウェブ サービス ジャパン インダストリー事業開発部 シニア事業開発マネジャーの佐近康隆氏は、「製薬業界でもシステム基盤にIaaSを採用するところが増えており、本格的なデータ活用にまで踏み込んでいる企業は先進的」と話す。

製薬業界におけるバリューチェーン(出典:AWS)
製薬業界におけるバリューチェーン(出典:AWS)

 協和キリンにおけるクラウド化の取り組みは、2012年のGoogle Apps(現G Suite)導入でスタートした。当時は、まだオンプレミスでITシステムを運用するのが当たり前だったものの、ハードウェアのトラブルなど運用の負担を軽減する方法としてクラウドの活用を本格的に検討し、翌2013年には本番システムを運用するデータセンターと比べてクラウドが遜色のないサービスと判断、AWSのIaaSを本格的に活用していく方針を決めた。

 ハードウェアの更新に合せて順次稼働環境をAWSに移行しつつ、2017年にはグローバル統一のコミュニケーション基盤として「Microsoft 365」を採用する。2018年から最新のテクノロジーを活用して事業のデジタル化を推進していくフェーズに突入している。

 協和キリン ICTソリューション部 企画管理グループ マネジャーの楠本貴幸氏は、クラウド活用の基本方針について「SaaSを第一の選択肢と位置付けつつ、SaaSの利用が難しい場合はIaaSを利用してシステムを整備していく」と説明する。研究開発に積極的という社風からクラウド化の取り組みは同業界の企業としては早く、2013年時点でSAPシステムのAWSへの移行にも着手していた。

協和キリン ICTソリューション部 企画管理グループ マネジャーの楠本貴幸氏
協和キリン ICTソリューション部 企画管理グループ マネジャーの楠本貴幸氏

 2020年現在、かつて自社のデータセンターで稼働していた基幹系システムはほぼクラウド化され、先述したCSV対象システムもオンプレミスでの稼働は残りわずかとなり、2020年中にクラウド化を完了する予定だという。利用するAWSのサービスは、2013年の5種類から現在は17種類に広がり、AWSの利用費用は2013年から約15倍に増えた。

 費用の内訳は、仮想マシンサービスのEC2関連が50%強、仮想デスクトップサービスのAmazon WorkSpacesが30%強で、残りは人工知能(AI)や機械学習(ML)など新しいテクノロジー関連となっている。「コロナ禍で直近はWorkSpacesの利用が増えているが、EC2関連の利用が継続的に拡大してきた。デジタル化を推進していく今後は新しいテクノロジーの割合が高まっていくだろう」(楠本氏)

協和キリンにおけるAWSの利用状況(提供:協和キリン)
協和キリンにおけるAWSの利用状況(提供:協和キリン)

 同社にとってクラウド化は、当然ながらそれ自体が目的ではなく、ビジネスを推進するための手段と位置付けられている。

 「業務を推進するための必要なリソースを割り当てる手段がクラウドの活用になる。クラウドへの変化を漠然と恐れて何も変えないことがリスクで、デジタル化もクラウドなしではできないと考えている。クラウドを推進した結果、事業部門側も『クラウドを使わないことがリスク』という認識に変わった。IT部門としても運用業務から企画業務に専念できるようになり、クラウドのメリットを感じている」(楠本氏)

 先述のように、同社のIT環境はまずSaaSを優先する。楠本氏によれば、システムを全て内製するのではなく既にあるサービスを組み合わせて有効利用し、自社に最適でありながらも全社の業務が停止しないアーキテクチャーとしている。「仮にサービスが障害で停止しても別のサービスで業務を代替して事業を継続できる場合があり、その逆の場合もあり得る。事業を止めないためにアプリケーションを含めてクラウドを採用している」(楠本氏)

 こうして従来のITシステム環境をクラウドベースに変えてきたのが第一フェーズであり、2018年からはビジネスをデジタル化する第二フェーズに進む。その代表的な取り組みが、生産技術研究所とバイオ医薬品の製造拠点がある高崎工場での「高崎プロジェクト」になる。

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