HPC(高性能コンピューター)の世界市場は約3兆5000億円で、日本市場はその10%程度の規模だろう――。HPCの開発・販売を手がけるHPCシステムズ 代表取締役の小野鉄平氏はこう予測し、HPC市場を中心に年率2ケタ成長を目指し、HPCのハードウェアからソフトウェア 、SI(システムインテグレーション)、コンサルティングを提供する。
珍しい事業形態に思えないが、小野氏は「ハードウェアとソフトウェア、SIの全てを展開するHPC企業は他にない」とし、ユーザーのニーズに応えられるようSI技術などを磨いている。そのSIとは、基幹系などの情報システムの構築とは異なり、科学技術計算シミュレーションやモノ作りシミュレーション、計算化学、人工知能(AI)、ビッグデータ解析などの知見に大きく左右するものなので、さまざまな人材を確保する。
同社を取り巻く市場環境に追い風も吹く。IoT(モノのインターネット)や5G(第5世代移動体通信システム)、AIなどのコンピューティング環境が進化する中で、政府によるバイオや量子技術、新材料、健康などの技術・研究開発の強化で、民間企業のHPC需要が拡大しているという。同社設立時(2006年)における割合は民間企業3割、官公庁・教育機関7割だったが、最近は民間企業が7割に増加する。「実験ではコストや時間がかかるので、シミュレーションの投資を増やしている」(小野氏)からで、自動車や創薬、化学、素材、半導体などからのニーズが高まっている。
業績も順調に伸びる。経常利益は2019年6月期の3億6700万円から2020年6月期に4億6500万円、2021年6月期は4億9500万円を見込む。売上高は2019年6月期の約54億円から2020年6月期に約47億円と12%程度落ち込むものの、2021年6月期の第2四半期から回復し、通期で52億円を見込んでいる。「第2四半期の受注金額は大きく伸張し、第3四半期以降のさらなる収益回復に向けた足場固めが進行する」(第2四半期決算説明会)とする。
長けたSI技術が要に
2006年3月に設立されたHPCシステムズは、HPC事業と各種検査装置など産業機械向け組み込み型コンピューターをユーザーが求める仕様に沿って開発・生産するCTO(Configure To Order)事業を展開する。総売上の約3分の2を占める科学技術計算向け高性能コンピューターを開発・販売するHPC事業は、数年前から生産を台湾企業に委託し、官民の研究開発者らが必要とする科学技術計算環境の提供に力点を置いた。ユーザー数は自動車や製薬、通信、半導体、インターネット、重工業など約8000社になり、HPCシステムや計算リソースの不足分を遠隔から利用するクラウドサービスを提供する。
そんな同社の特徴は、小野氏によると、研究・開発者らの研究開発を理解し、それに最適なシミュレーションを可能にするプロセッサーやアクセラレーター(GPUやFPGAなど)、メモリー容量、ソフトウェアなどを選択し、組み合わせて稼働可能な状態にして納めること。量子化学や固体物理、分子動力学などのシミュレーションソフトをそろえ、「電磁界解析なら、このソフトウェア」「分子化学なら、このソフトウェア」などと提案する。機械学習など新しい用途に対応するシミュレーション環境を提案する力も養う。
自社開発のソフトウェアもある。現在、素材・材料開発分野においてビッグデータ解析やAIを活用し、素材・材料開発のコストダウンやスピードアップを可能にする新しい手法としてマテリアルズインフォマティクスを開発中で、アルファ版やベータ版を近くリリースする予定。「実験データなどを用いて新しい素材を見つけ出すアルゴリズムで、数年前から開発に取り組んでいる」(小野氏)。AIチップ、量子コンピューターなどの新しいコンピューティング環境の活用やスーパーコンピューター「富岳」を活用したクラウドサービスの共同開発も進めている。
そうした研究・開発を強化するため人材採用にも力を入れている。従業員100人超になる中に、理論化学や有機合成、流体シミュレーション、並列プログラムなどの博士や修士を修了した技術者らが20人以上もいるという。「大学時代からのHPCユーザーで、当社にアルバイトやインターンで入って就職することもある」(小野氏)。そんな学生らが大学の教授や民間企業の研究者になっても、長い関係を続けられているのも同社の強みである。
実はHPCシステムズは、HPC事業を展開するエッチ・アイ・ティーとCTO事業を展開するプロサイドからそれぞれの事業を分社・吸収する形でスタートしている。そのプロサイドの社長でもあった椎名堯慶氏は小野氏の義父だという。日本でいち早くPC事業を立ち上げたソード電算機の創業者でもある椎名氏から同社の歴史や経営なども学んだという小野氏は、PCではなくHPC市場の未来に賭ける。「構想だが、いずれプロセッサーも作りたい。20億~30億円で開発できる」と47歳の小野氏は次の展開を考える。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。