地方銀行が中小企業の生産性向上や業務改善などを支援するITコンサルティング事業に乗り出してきた。人口や企業が減り続ける地方都市の活性化と自らの新規ビジネスの創出につながるとの判断からだろう。だが、IT企業にとって、地銀が競争相手になる日が近づいているようにも思える。
融資や預金といった伝統的な事業を中心に展開する地銀は、厳しい経営状況にある。地銀との協業を推進するサイボウズが調べたところ、上場地銀の約6割が本業で減益か赤字に陥っているという。ビジネス機会が減り、収益力が低下しているからで、不採算店舗の再編などリストラに動き始めてもいる。ある地銀の担当者は「金利が下がり、どこからでも借りられる過当競争になっている」と、融資以外の新しいビジネスの創出が喫緊の課題だという。
そうした中で、「顧客の中小企業が何を求めるのか」という原点に立ち返った答えの一つがITの活用支援になる。2021年版中小企業白書にも「事業継続力の強化におけるデジタル化の重要性への意識」があるとの回答は3分の2もある。ITによる生産性向上や業務改善が中小企業の重要課題になっているということだろう。
そんな中小企業への支援に2018年から取り組んでいるのが鳥取銀行だ。背景には、多くの中小企業がIT化を誰に相談すればいいのかと悩んでいることがある。もちろん地域には、ソフトウェア開発などのIT企業はあるし、大手ITベンダーの販売店もあるが、従業員数人の零細企業の小さな商談には積極的な提案をしない傾向があるという。手間暇がかかる割に儲からないからだろう。
そこに地域の中小企業に寄り添う地銀の出番がある。鳥取銀行の担当者は「20人以下の中小・零細企業を支援する意義はある」とし、手始めにクラウド会計のfreeeと提携し、中小企業に月次決算などを提案する。その後、中小企業の経営課題はバックオフィスや営業効率、顧客管理などもあるし、2019年5月にサイボウズのクラウド型業務開発ツールやヒューマンテクノロジーズのクラウド型勤怠管理システム、スマレジの軽減税率に対応するPOSレジなどの活用や導入支援を始める。IT導入補助金の活用も提案する。2020年4月に新設した法人コンサルティング部に、2021年8月時点で4人のITコンサルティング担当者を配置する。
鳥取銀行の営業担当者らが中小企業にクラウド型会計などITツールの活用を提案し、これまでに獲得した案件は3年前の約10件から2019年度に約20件、2020年度に約30件と着実に増えている。その収益源はITツールの販売ではなく、コンサルティング費用になる。中小企業の経営者から課題を聞き出し、分析し、そこからコンサルティングしたり、教育したりすることで、ITツールの初期設定から運用の定着までの操作を指導する。社内リソースを使って、自力で開発から運用までを展開しようとする中小企業もあるが、うまくいった例は少ないという。だからこそ、「ハンズオン型の支援で、こんな使い方をしたらどうか、業務フローをこう見直したどうか、などと手厚くサポートする」(法人コンサルティング部)という。
同行は今後、顧客管理システムなどITツールの品ぞろえやITコンサルタントの増員などを計画する。個別ツールの導入支援から経営課題の解決へとコンサルティング領域を広げてもいく。ウェブページなどを活用したダイレクトチャネルの整備も検討する。目的は、ITコンサルティングから大きな収益を得ることではなく、他の取引につなげること。分かりやすく言えば、顧客の成長ということだ。
一方、こうした地銀の事業展開は、IT企業との競合になっていくのか。鳥取銀行はクラウド会計などと他システムの連携などで、IT企業の力を借りることはあるとする。そうならば、IT企業は自社開発したITソリューションを地銀の提案材料に加えてもらって、それらをテーマにするセミナーを協賛したりする。地銀のITコンサルティング部隊に、IT企業のアジャイル開発などを組み合わせて、業務改善や新規事業を創出したい中小企業のニーズに応える。地銀のIT部門は基幹系システムの運用や保守を担っているので、顧客である中小企業の課題解決に取り組む余裕はないし、中小企業に寄り添うことも不得手だという。そこに地域のIT企業のチャンスがある。サイボウズの担当者は地産地消のスキームを作ることだという。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。