問題だらけのERPの過去・現在・未来

第1回:なぜ今、改めてERPなのか

桃木継之助 (SAPジャパン)

2023-02-15 07:00

 大手企業の統合基幹業務システム(ERP)の導入は一巡したと言われる。また、経済産業省のいわゆる「2025年の崖」においてもERPを含めた基幹システムの老朽化が課題として取り上げられている。ERPは過去のトピックに感じられるが、この印象と実態は異なり、いま改めてERPの導入や再構築を検討する企業が増えている。

 なぜ今になって改めてERPを検討する企業が多いのだろうか。それは過去のERPブームの時に思い描いていた構想と、実際に実現できたことのギャップが原因ではないだろうか。かつてERPブームに乗った企業がERPの再構築を考え、まだERPを使っていない企業は昨今の環境変化の中、ERPがもたらす恩恵に注目する。そのような観点で、ERPの過去と現在と未来について整理をしてみたい。

今改めてのERPブーム

 矢野経済研究所が発表した 「2022 ERP市場の実態と展望」によると、2021~2024年のERP市場の成長率は6%といまだに高い水準を見せている。

 また、SAPジャパンがプレスリリースで公開した新たなERPプロジェクトは2022年に28件。情報公開を敬遠する企業が多い中でこの数字は多く、ERPブームはいまだに陰りを見せていない。

図表1:SAPジャパンが発表した2022年のERPプロジェクト
図表1:SAPジャパンが発表した2022年のERPプロジェクト

ERPの構想と実際のギャップ

 多くの企業の経営層がERPに求めたことは、業務の標準化や経営の可視化、環境変化への対応力の向上といったものが中心であった。企業によってはこれらの目的に加え、事業のグローバル化への対応、最新技術の活用と総所得コスト(TCO)の削減なども加わる。しかしERPを利用する企業においてそれらの目的が実現できていなかったり、実現できたか判別が困難だったりすることが現実の多くである。

 ERPを使った経営改革のプロジェクトを多くの企業はITプロジェクトとして進め、その中で既存ITシステムの老朽化対応やシステム置き換えと宗旨替えが行われた。その結果、経営層が期待した結果に至らなかったのではないだろうか。

 そこでまず考えてみるのは過去の視点だ。経営層はERPに何を期待してきたか、という点から考察を始める。

ERPの過去

 ERPで期待されてきた経営における主な恩恵は、「業務の標準化」「全体最適」「可視化」「リアルタイム経営」「データに基づく経営」などのキーワードに集約することができる。

業務の標準化と全体最適

 その中でも多く挙がるキーワードは「標準化」や「全体最適」というものだ。だが、この言葉はビジネスにおいてどのような意味なのだろうか。曖昧語として使われることが多い言葉なため、話し手によってその意味が異なるし、ビジネスとしての意味を考えずに使われることも多い。その点が後段で述べるERP導入の問題の一因となっている。その本質的な意味が共有されていないために、いわゆる掛け声倒れが起きる。そこで、まずはその言葉が含む意味について、幾つかの視点で考えてみたいと思う。

スループットを最大化する全体最適

 スループットという考え方がある。著名なビジネス書「The Goal」で取り上げられていたマネジメント手法「Theory of Constraints」(制約理論、TOC)と関連付けて考える人も多いだろう。これらの概念で取り上げられていることを例示すると、「購入する力:100個/時間」「生産する力:100個/時間」「品質確認する力:50個/時間」「販売する力:30個/時間」といったプロセスがあるとすると、「生産する力」をいくら上げても結果は良くならない、「販売する力」がボトルネックになるからだ。

 製造業で生産力を強みとする企業は「生産する力」を120個/時間にしようとするが、スループット(時間当たりの処理量)に変わりはない。工場など現場を見ると品質確認の前に50個/時間の在庫がたまっていたりするので、品質確認の工程に目が行きがちだが、そこを改善してもスループットは30個/時間のままだ。ボトルネックを改善しなければ、結果は変わらない。

 そこでプロセス全体を把握できるシステムを持つことで全体のプロセスを把握できるようにすることと、個別で最適化しがちな現場に対して全体最適なプロセスの型紙としてERPを利用し、業務改革を推進する。

 ERPはBusiness Process Re-engineering(顧客視点での業務再設計、BPR)のための道具という主張もこれに近しい考え方だ。ERPによる標準化を通じて全体最適を実現し、スループットを向上させるという経営に対する利益になる。

図表2:スループット
図表2:スループット

拠点をまたがる全体最適

 例えば、A拠点、B拠点にはそれぞれに独自のやり方が存在し、普通に拠点を増やしていけば、自然とそれぞれの拠点で業務プロセスが形成されていく。経営者の目から見ると、同じようなことをやっているA拠点とB拠点、C拠点があれば、それぞれを比較したい。そしてA拠点のやり方が優れていれば、B拠点にも展開して業務を効率化したい。

 また、A、B、Cの各拠点を集約することで効果があれば、そうしたい。しかしバラバラのやり方を行っている限り、比較も集約もできない。

 全ての拠点が標準的なやり方をしているのであれば、比較も集約もしやすい。それぞれの拠点に歴史や積み重ねてきた工夫がある中で、標準プロセスを描けないのであれば、ERPの標準プロセスに合わせる形が一つのやりようである。

図表3:拠点間の全体最適
図表3:拠点間の全体最適

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