問題だらけのERPの過去・現在・未来

第2回:ERPの「現在」をひも解く--なぜ導入に失敗したのか

桃木継之助 (SAPジャパン)

2023-03-01 07:00

 前回は統合基幹業務システム(ERP)の「過去」、特に経営層がERPに期待したことについて見てきた。今回は「現在」に視点を移し、その期待したことが実現されていないギャップについて考察を進めたいと思う。

期待と現実の大きなギャップ

 「結果的には、ホストと同じ機能を維持することに注力してしまい、データ活用といっても経営レベルでは従来と同じレポートを出すだけに終わってしまった。プロジェクトでは、サプライチェーン(供給網)を回す、請求書を出す、決算を処理するといった実績系を開発することで精一杯となり、最終的に工数と予算が尽きてしまった」

 「『とにかく間に合わせろ!』となって導入することが目的となってしまう。ITは手段のはずだが、いつの間にか導入が目的になっていることも多い」

 「プロジェクトの目的が崇高すぎて、理想と現実の間をつなぐガイダンスがなかった」

 これらは全てERPを導入した企業の実際の声だ。このような否定的なコメントはなかなかインターネット上でも見つけることが難しいが、ERPのユーザー企業がレポートを作成している例もある。問題を見つめる意味でぜひご一読いただくことをおすすめしたい。

 また、経済産業省の「DXレポート」においても、「我が国の場合、汎用(はんよう)パッケージを導入した場合も、自社の業務に合わせた細かいカスタマイズを行う場合が多い。この結果、多くの独自開発が組み込まれることになるため、スクラッチと同様にブラックボックス化する可能性が高い」との問題点が指摘されている。

日本企業のためのERP導入の羅針盤

補記:日本企業のためのERP導入の羅針盤

SAPの日本のユーザー会「Japan SAP User Group」(JSUG)がこれまでのERP導入の反省と今後への提言をまとめたレポート


ギャップを助長したBPRブーム

 2000年前後はERP導入に大きく投資する企業が多かった。経営層は業務プロセス改革(BPR)の実現手段としてERPに着目した(1990年前半のBPRブーム)。また、IT部門は大型汎用機(メインフレーム)からの脱却(ダウンサイジング)や「2000年問題」(年数字2桁管理問題)への対応といったIT自体を目的としたものだった。

 この2つの目的は全く異なるものであるのだがタイミング的に混ざることが多かった。求める結果は大きく異なるが、ERPという手段は一緒。一見すると一石二鳥になるかと思えるが、結果的には二兎を追って一兎も得られないことが多かったのである。

 そして、経営層は中長期的な要求であるのに対し、IT側の要求は実務的・短期的であり、多くのプロジェクトはIT側の要求、つまり「システムの置き換え」を重視した。経営層もITの話はIT部門に任せ、プロジェクトから距離を置き、数年たって期待していた効果が実現されていなかったというのが実態であろう。

 前回取り上げた「業務の標準化」「全体最適」「可視化」「リアルタイム経営」「データに基づく経営」といった期待は、経営にとって大きな意味を持つが、現場にとってプラスがない。より率直に言えばマイナスであり、痛みを伴うものである。

 経営がERPに求めたことが実現されなかったとしてもやむを得ないところだろう。このような構造的な課題が横たわる中で、より具体的には以下で述べるような点がギャップ、つまり失敗の原因となっている。

画像1

ERP導入自体の目的化

 仮に「ERP導入プロジェクト」という名前のプロジェクトがあれば、まず失敗するだろう。プロジェクトの名前を「ERP導入」とした時点で経営が期待していることを満たすことがないからだ。「経営改革プロジェクト」やそのような類の経営のためのプロジェクト目的設定でない限り経営の期待が満たされることはない。

 BPRや経営改革など経営が求める「コト」に対してERPという「モノ」は必要だが十分ではない。ERPを目的にした段階で十分ではなく、プロジェクトで難しさに直面した際に容易に手段の目的化が起きてしまうのだ。

現場での方針の歪み

 経営改革や業務の標準化、全体最適、データに基づく経営などを明確な目標とした定めたプロジェクトであっても現場で骨抜きになることが多い。なぜならば現場では個々人が日々工夫と改善を重ねてきた独自の業務があり、その独自業務を支える現行システムがあるのだ。

 ERPという汎用品を使うことでシステム機能の要求実現度が下がり、結果として業務品質が下がる。これまでの努力が無駄になるのだ。だから現場で方針が歪む。「標準化」は「個別化」になり「全体最適」は「個別最適」に、「データ」ではなく「経験と勘」に基づく経営に逆戻りする。

機能の不足

 多くの企業で使われてきた実績のあるERPパッケージであっても汎用品である。個々の業務を支援するために不足する機能もあるだろう。

 長年の現場部門とIT部門との細やかなサービスの提供関係(現場部門からの要求を膨大なバックログを抱えながらもIT部門はシステム化してきた)から、ITシステムのサービスレベルを下げるのが難しくなっていることが多い。機能が足りないから汎用的なERPは使えないという意見も発生し得るし、機能が足りなければ原型をとどめないほどにERPをカスタマイズしてしまうことも起きる。

ZDNET Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

ホワイトペーパー

新着

ランキング

  1. セキュリティ

    従来型のセキュリティでは太刀打ちできない「生成AIによるサイバー攻撃」撃退法のススメ

  2. セキュリティ

    マンガでわかる脆弱性“診断”と脆弱性“管理”の違い--セキュリティ体制の強化に脆弱性管理ツールの活用

  3. セキュリティ

    情報セキュリティに対する懸念を解消、「ISMS認証」取得の検討から審査当日までのTo Doリスト

  4. セキュリティ

    ISMSとPマークは何が違うのか--第三者認証取得を目指す企業が最初に理解すべきこと

  5. セキュリティ

    クラウドセキュリティ管理導入による投資収益率(ROI)は264%--米フォレスター調査レポート

ZDNET Japan クイックポール

所属する組織のデータ活用状況はどの段階にありますか?

NEWSLETTERS

エンタープライズコンピューティングの最前線を配信

ZDNET Japanは、CIOとITマネージャーを対象に、ビジネス課題の解決とITを活用した新たな価値創造を支援します。
ITビジネス全般については、CNET Japanをご覧ください。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]