デジタル岡目八目

拡大するデジタルサービスの赤字--日本のITベンダーはデジタル小作人を続けるのか

田中克己

2024-02-16 07:00

 クラウドなどデジタルサービスの収支がどんどん悪化している。財務省が2月8日に発表した国際収支統計によると、デジタルサービスの赤字が2022年の4.8兆円から2023年には5.5兆円に膨れ上がった(図1)。三菱総合研究所(MRI)によると、円安もあるものの、外資系のクラウドサービスやソーシャルメディアへの広告の増加が大きな要因とみる。DXや生成AIの活用がさらに進めば、赤字額はさらに拡大するだけではなく、日本のITベンダーらが“デジタル小作人”に追いやられる。MRI 主席研究員の西角直樹氏と研究員の綿谷謙吾氏にデジタルサービスをめぐる状況を聞いた。

図:デジタルサービスの収支(三菱総合研究所が作成)
図:デジタルサービスの収支(三菱総合研究所が作成)

--なぜ、デジタルサービスの収支が赤字に陥っているのか。

MRI 研究員 綿谷謙吾氏
MRI 研究員 綿谷謙吾氏

綿谷氏:日本が(クラウドなどデジタルサービスの)競争に負けたからだ。日本銀行によるデジタルサービスの分類を見ると、著作権などの使用料とコンピューターサービス、専門・経営コンサルティングサービスの赤字が大きく拡大している。おそらく使用料にはOSなどのライセンス、コンピューターサービスにはクラウドサービス、専門・経営コンサルにはソーシャルメディアへの広告が入っている。ただし、国際収支統計は3000万円以上の取引しか入っていないので、例えば私が個人で生成AIを契約したものは数字に反映されていない。

西角氏:勝者総取りというデジタルサービスの特性もある。最初に規模を拡大した企業の一人勝ちになる。それに米国と中国の2カ国が大きな経済圏を持っており、スタートラインから有利でもある。日本が技術力やサービス内容の良さなどで勝負するのは難しくなっている。

--つまり、赤字はもっと大きいということ。しかも、赤字幅はさらに拡大する。

綿谷氏:コロナ禍を契機に在宅が増えた2020年から一気にデジタルサービスの利用が増えて、赤字が拡大した。赤字を減らすには、日本発のサービスが生まれることだが、今の状況を見ると赤字は拡大するだろう。クラウドだけではなく、生成AIのような新しいサービスも出てくる。

MRI 主席研究員 西角直樹氏
MRI 主席研究員 西角直樹氏

西角氏:赤字はもちろん経済に影響するが、国際分業から捉える必要もある。例えば、農産物のように自給率の低さを問題視するかどうかだ。海外からデジタルサービスの提供がストップすれば大きな問題になるが、ストップしなければ問題にはならない。経済安全保障の視点から見ると、多くのデジタルサービスが米国製とすれば、米国との関係が良好であるかぎり問題はないという見方もある。もちろん自給率を高めるのは、例えば補助金を出して国産クラウドや大規模言語モデル(LLM)の開発を支援、育成する手もある。使用料を下げるために、サイドローディングを認める手もあるだろう。

綿谷氏:別の問題もある。どこかの企業に集中することによるレジリエンスだ。例えば、ビッグテックがこけたら、日本企業の業務が全て止まってしまうといったリスクだ。加えて、独占や寡占によって手数料や使用料が20%から30%に上がっても、利用をやめるわけにはいかないだろう。交渉力がなく、ロックインで諦めることになる。

--確かにエンタープライズアプリの外資系ITベンダーがサービスの使用料を値上げしても、リプレース先がなければやめるわけにはいかず、値上げを飲むしかないだろう。政策などで解決できることはあるのだろうか。

西角氏:デジタル経済における寡占の問題、ビッグテック依存の問題、デジタル敗戦などを真摯(しんし)に受け止めることだ。そして、デジタル敗戦を繰り返さないよう、今から「こんなことを考える」といった政策提言をしている。

 例えば、デジタル産業の構造を見定めて、プラットフォームレイヤーは独占状態にあるが、その上に競争力があり付加価値のある領域で勝負するなどだ。競争力の源泉にコンテンツやLLMなどが考えられるが、大事な勘所を持っていかれるとバリューチェーンにおけるコントロールを失う。つまり、どんなに稼いでも吸い取られる“デジタル小作人”になってしまうということ。付加価値を取れるところを握ることだ。

--ほかに有効な策はあるのだろうか。

綿谷氏:日米の給与格差が広がっている。転職サイトなどを見ると、ソフトウェアエンジニアの平均給与の中央値は、日本の6万ドルに対して、米サンフランシスコのベイエリア(シリコンバレーのこと)では24万ドルを超える。こんなに差があると、優秀な人材が国内にとどまるのかと懸念される。事実、Googleなどのビッグテックに転職するエンジニアがいる。ASEAN(東南アジア諸国連合)との賃金格差も縮まっている。

◇ ◇ ◇

 優秀な人材が海外に流出する問題は以前から指摘されていたこと。経済産業省は6年前のDXレポートで、ソフトウェアエンジニアの平均給与を600万円から2025年までに1200万円に上げることを提案していた。だが、いまだに600万円以下の受託開発の上場会社は少なくない。給与を大幅に上げなければ、日本のソフトウェアエンジニア力はますます失われていくだろう。同時に、AIやロボティクスなどの海外依存が広がっていく。負け癖から脱することだ。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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