ダイキン工業と日立製作所は4月22日、工場設備の故障診断を支援するAIエージェントを開発し、実用化に向けた試験運用を開始したと発表した。既に現場運用に耐える性能や精度を確認しており、ダイキンは5月から国内で、10月から米国およびインドの拠点で順次展開する予定だという。
両社が開発したAIエージェントは、対象設備の保全記録や取り扱い説明書、設備図面のデータを学習しており、保全技術者が障害状況などを生成AIに問い合わせることにより、生成AIが原因と対策を、一般的な保全技術者と同等の推定精度90%で10秒以内に回答する。試験運用は、ダイキンの業務用空調機器を生産する堺製作所臨海工場(大阪府堺市)で実施している。
同日のオンライン説明会に登壇したダイキン工業 生産技術センター 工場DX技術開発グループ 工場DX技術開発グループリーダー主任技師の浜靖典氏によると、臨海工場では、顧客に応じたカスタマイズ製品を大量生産品と同水準の品質で提供するマスカスタマイズ生産に取り組む。その実現には工場設備の安定稼働が必須だが、設備保全業務には高度な専門知識や豊富な経験が不可欠で、現在は世界90カ所以上の拠点に在籍する900人以上の熟練技術者らが担っているという。

ダイキン工業の課題(説明資料より)
将来の熟練技術者の退職やロボットなどを活用した生産の高度化、グローバル展開などに備える必要があるものの、それらの対応に向けた若手技術者の育成が追いついていないことが課題になっているといい、今回は日立製作所と共同で、経験の浅い技術者でも熟練者と同じように保全業務を担えるための仕組み作りを生成AIとAIエージェントで進めることになった。

ダイキン工業 生産技術センター 工場DX技術開発グループ 工場DX技術開発グループリーダー主任技師の浜靖典氏(右)と日立製作所 インダストリアルAIビジネスユニット インダストリアルデジタル事業統括本部 チーフDXマネージャの吉川裕氏
日立製作所 インダストリアルAIビジネスユニット インダストリアルデジタル事業統括本部 チーフDXマネージャの吉川裕氏は、共同の取り組みでは、ダイキン側の膨大なデータから自律的に価値を創出し進化し続けること、日立側の進化させ続けるサイバーフィジカルシステム技術の確立という双方の目標を掲げたと説明する。ダイキンが抱える課題を解決しなければ、製造での損失コストの増大や保全リードタイムの増加、保全品質のバラツキといった問題が生じかねないとし、日立製作所もダイキンと同じ製造業として、同様の課題や問題発生リスクがあるという。
吉川氏によると、開発したAIエージェントは、設備の保全記録と取り扱い説明書の「OTデータ」をベースに、障害状況などの事例を拡張検索生成(RAG)として組み合わせ、生成AIが技術者の照会に回答する。OTデータを学習した開発初期の段階では、既知の故障に関して高い精度で回答を生成できたものの、類似の故障では例えば故障部位を特定できなかったり、新規の故障ではAIが提示した原因が間違ったりするなど実用性に問題があったそうだ。

開発の初期検証におけるAIエージェントの状況(同)
このため日立は、熟練技術者が設備保全を行う際に、保全記録と取り扱い説明書、設備の設計図面情報を知識として理解しており、それを基に発生している障害を把握し、設備構造を分析して原因を特定し、対策を講じるという思考を持つと仮定。これをモデル化して開発を進めた。保全記録と取り扱い説明書、設備の設計図面情報によるAIが可読するためのナレッジグラフを用意し、熟練技術者の思考に基づく故障原因分析プロセスのモデルを組み合わせることで、類似の故障や新規の故障においても故障部位や原因を具体的に特定できるようにした。

開発したAIエージェントの仕組みと成果(同)
回答の正答率は、当初の仕組みに比べて23%向上し、若手技術者を上回るとの評価もあったとのこと。実際に熟練者からは「ダイキンの一般的な保全技術者と同等、状況によっては優れている」「複雑な故障状況であるほど図面を読ませた生成AIが正しい回答をしている」「具体的な故障要因を洗い出せており、現場で使えるレベル」といった評価が寄せられているという。

AIエージェントの評価(同)
浜氏によれば、ダイキンでは5月から滋賀県の工場を皮切りに国内拠点全てに順次展開し、海外拠点もまずは米国とインドで展開する予定だという。なお、現段階では対象設備ごとにデータを使用している。同様の設備でもメーカーが異なったり拠点ごとに記録内容が異なったりすることで生成AIが正しく回答できない恐れがあるといい、今後は設備の標準化や学習データ環境の整備なども進めながら、AIエージェントをより効果的に活用できることを目指すとした。
吉川氏は、同社では2021年以降に1000件以上の生成AIのユースケースを開発しており、熟練者の退職と少子化で製造業が直面している現場技術者の減少問題に対応していくと述べた。製造業での生成AIやAIエージェント活用は、現時点で今回開発の技術に用いた保全記録や設備図面といった“形式知”がベースであり、今後は技術者の知見や経験に基づく“暗黙知”や紙文書などの膨大なアナログ情報の活用が重要になるとした。