今回のテーマは、「蔵出し業界紳士録(後編)」です。
前回に引き続き、PC業界をリードしてきたパイオニアたちを、エピソードとともに振り返ってみます。これらの写真から、当時の彼らの熱い想いが、伝わってくるでしょうか。
それではこれから、あなたをIT業界の過去へと誘います……。(画像をクリックすると、次のページへ進みます)

日本IBMの専務、副社長として、PC事業を率いていたのが佐伯達之氏。DOS/Vを引っさげて、PC-9800シリーズの牙城に果敢に挑んでいった。Windows 95発売前から、「1999年までには国内トップシェアを獲得する」と公言して、事業拡大に取り組んできたが、その目標は残念ながら達成するには至らなかった。当時から、「強気のコメント」が佐伯氏の信条。IBM社内では、若手の頃から「生意気」で通っていたほどだ。米IBMの会長にGerstner氏が就任し、来日した際にも、「なぜ、一日中あなたのプレゼンテーションを聞かなくてはならないのか」と言い切ったという逸話もあるほど。一方で、閉鎖的だったIBM社内の風土を風通しのいいものに変えた手腕は評価されている。日本IBMの副社長を退任後、ソフトバンクの孫正義氏に請われて、2000年のナスダック・ジャパンのスタートにあわせ同社社長に就任。当時、ナスダック・ジャパンでは、デル製のパソコンを導入しており、「俺にこのパソコンを使わせるのか!」と吼えた一幕もあったとか。その後、EDSジャパン社長、IMSジャパン社長へと転身を図っている。(画像をクリックすると、次のページへ進みます)