インド人の知人(男性)の劇的な“婚活”話を聞いた。一緒にカレーランチを堪能していた際に、「実は話してなかったことがある」と言う。何かと問えば「結婚した」のだという。「何で結婚式に呼ばないんだ」とインドの結婚式へ思い入れの強い私が詰め寄ると、「いや〜、インド出張のついでに、週末に実家に立ち寄ったら、お見合いがセットされていて、それで結婚しちゃったんですよ」と言う。つまり、土曜日に実家へ帰ったら、息子の結婚を切に望む両親がお見合いをセットしていて、お見合いをしたら本人もその気になってしまい、その翌日には親戚を集めた結婚式を挙げてしまったというのである。彼の場合、結婚式は三日間ではなく三時間であったそうだ。
「信じられないでしょうが、インドではこういうこともあるんですよ」と堪能な日本語で言われると、騙されているとしか思えない。しかし、自分の身の回りにも「3カ月以内には結婚する」とか相手もいないくせに宣言する婚活に余念のない日本人たちがいるのを見ると、インド式の結婚サービスを日本でもできたら繁盛するのになぁと、ありえないことを考えてしまう。そもそも、このインド人の知人は結婚サービスで結婚したわけではないし、こうした結婚が成立するには文化的背景の違いが大きい。
それでもインドはサービス産業
しかし、現在のインドの輸出を牽引するITはサービス産業である。ソフトウェア開発やBPOなどは、人的サービスによって成り立っている。こちらは文化と関係がないので、輸出ができる。つまり世界の工場である中国が製造業にフォーカスしたのに対し、インドはサービス産業に立脚して世界への輸出を伸ばしてきた。
そこには、サービス産業に求められる個々の社員への教育レベルと言語コミュニケーション力の高さがあるだろう。中国語のコミュニケーションでは自国に閉じたサービス提供になってしまうが、英語を公用語とするインドでは、当初から英語圏全体がサービス提供の対象として視野に入ってくる。
インドでITに続く新しい産業として伸びているのがメディカル分野である。中でも、高度な医療サービスを外国人に提供するメディカル・ツーリズムは、サービスの提供がインド国内なので輸出産業と呼んでよいのか判らないが、新しい海外向けのサービス・ビジネスとして急成長を遂げている。Voice of Indiaによれば、2007年の実績で45万人の外国人がインドで医療サービスを受けているという。これも高い医療水準と英語によるコミュニケーション力がその裏付けだろう。
インドの矛盾
かつてTCSとIBMを比較した中で、インドのIT企業が海外で売り上げを伸ばす一方、インド国内のIT市場ではIBMにNo.1の座を奪われるという矛盾した事実を指摘した。医療の分野においては、外国人向けのサービスが充実する一方で、国内向け医療サービスが不十分であるという指摘がある。
ちなみに、先月まで開催されていた六本木ヒルズ森美術館の「チャロー! インディア」展では、インドの現代美術作家がインドのグローバルな成長そのもの以上に、その発展によって浮き彫りになる貧困や、インド人としてのアイデンティティなどをテーマとする傾向が強かったのが印象的であった。こうした芸術作品の中に見られる表現が、経済というハードとは異なる、インド人のソフト面、つまり情緒的側面、を象徴するとすれば、いずれこの矛盾は解消されるべき時が来ることは間違いない。
しかし、週末に結婚して帰ってくるとはなぁ。サービス化できれば日本でも売れるのに。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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