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ハッカーマインドでいこう!前編--Linuxが果たした役割 - (page 3)

富永恭子 (ロビンソン)

2012-01-06 20:50

 1990年代後半、それまでコミュニティの中で、世界中の様々な人々の手によって開発されてきたLinuxをビジネス界が発見し、その価値を評価してLinuxコミュニティとの共存共栄を図ろうとする時期がやってきます。

 Linuxを最初に見出した大企業のひとつはIBMでした。IBMは1998年にLinux戦略担当を設け、翌年には「Linuxテクノロジー・センター」を設立しました。

 さらにIBMが「10億ドルを出資」すると発表してソフトウェア業界に衝撃を与えたのは、それからわずか2年後の2000年のことです。

 ただし、IBMは当初、彼ら流の作法でやろうとして「うまくいかなかった」ともいっています。LinuxCon Japan 2010の基調講演の中で、IBMのLinux戦略を推進してきたダン・フライ氏は当時を振り返り、「我々は失敗を積み重ねながら、技術的なディスカッションは社内で行うものではなく、最初からコミュニティといっしょに行わなければならないことを学んだ。そこで、社内のみでディスカッションすることを禁止した」と語っています。

 コミュニティとの共生は、いわゆるウィキノミクスのように「コミュニティによる価値の創造」に向き合うことです。このエピソードから、IBMですらオープンソースの世界に飛び込み、コミュニティを受け入れるために七転八倒しながら取り組んでいたことが伺えます。一方で、多くの日本の企業がその奇跡を充分理解しないまま今に至っていることは少し残念なことです。

「オープンソースの波」とともに新しいビジネスは生まれた

 1998年からの約10年間は、IBMをはじめとする企業とLinuxコミュニティの共存共栄の始まりであるとともに、企業がオープンソースおよびそのコミュニテイティに関わるためのベストプラクティスを学んだ時代であったといえます。さらには、このベストプラクティスにうまく適応できた企業が、現在ある「オープンソースの波」にうまく乗ることができたといえるのではないでしょうか。以降、IBM、ヒューレット・パッカード、SGI、インテルなどの企業にフルタイムで雇用されたプログラマも開発に加わるようになり、Linuxは開発のスピードをさらに増していきました。

 やがて、オープンソースの波は、誰もが無視できないものになっていきます。それは、これまでソフトウェア業界をリードしていたマイクロソフトでさえ例外ではありませんでした。2001年のインターネットバブル崩壊以降、オープンソースを使うことが前提となったこの領域では、プロダクトを組み、シェアを獲得してライセンス料で収益を上げるビジネスモデルで新規参入することは困難になりました。

 今では、オープンソースをベースとして、もう少し上のレイヤで多くのスタートアップが生み出され、新しいビジネス競争が展開されています。「新たな闘いの場」を用意したという意味においても、この20年間にLinuxが果たした役割は、とても大きいものだったのといえるのです。

後編に続く

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