企業の成長にはイノベーションが大切だという議論を否定する人はいない。それ故に、企業戦略においてイノベーションが謳われることも多い。しかしながら、ビジネスの現場において実際にイノベーションが高いプライオリティを与えられることは少ない。
なぜならば、イノベーションは、目の前の顧客の要請に応えるものでもなく、今年度の売り上げや利益に貢献しないからである。では、このギャップを埋めてイノベーションを起こし続ける企業の秘訣は何であるか。
イノベーションと企業文化
クーリエ・ジャポン6月号に「イノベーションの秘密は『企業文化』にある!」という記事がある。ここで、コンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトンの調査結果が紹介されている。
それによると、企業の業績とR&D投資には相関関係を見出せないとする一方、「イノベーション戦略と会社全体の戦略の整合性、そしてイノベーションをサポートする企業文化をもつ企業は、そうでない企業に比べて企業価値が30%高く、利益の伸び率も17%高かった」という。
つまり、「戦略との整合性」と「企業文化」がイノベーションには必須なのである。「戦略との整合性」により投資予算が確保され、「企業文化」によりイノベーションが現実のものとなるからだ。しかし、これにプライオリティを付けろと言われれば、私は間違いなく「企業文化」を選ぶ。
例えば、「予算付けてやるから、お前は明日からイノベーション担当だ」と言われても、そもそもイノベーションを起こすことへの意志が無ければ何も起きないのである。逆にイノベーションへの強い意志を持っていれば、予算は無くとも創意工夫で何とかなるものだ。
戦略を立てるのは短い期間でも出来るが、企業文化を変えるのは容易ではない。それ故に、イノベーション志向の強い企業文化は、競争優位として他社に容易に真似のできない強みとなり得るのである。
イノベーションと国家戦略
ちょっと話題が変わるが、かつて欧州においてラジオ放送のデジタル化について調査をしたことがある。当時デジタル放送の標準が定まっておらず、各国がその標準化を議論していた。
その際にインタビューを行ったイギリスとフランスのラジオ局は、それぞれ自らの方式を標準としていきたいという強い意志を持っていた。一方で、スペインのラジオ局は、自分達で決めるつもりは毛頭なく、イギリスでもフランスでも、メジャーな方に付いていくのだと主張した。
これはたまたまインタビューした相手によるのかもしれないが、自らイノベーションを起こす意志があるか否かは、単に一企業の問題に留まらず、国の文化としても醸成されるものだと考えられる。例えば、日本も高齢社会になるのだから、これからは自分達で一生懸命働くのではなく、これまでに蓄積した金融資産を海外投資へ振り向ければいい、という議論がある。
こうした文化的土壌が出来上がれば、日本のイノベーションへの志向は弱まるだろう。あるいは、円高なので生産拠点を海外へ移転しようという動きの中で、イノベーションをどう継続していくかという発想を無視すれば、短期的な収益は確保されても中長期の成長は担保されない。
イノベーションを活性化させるためには、国家戦略としてイノベーションを促進することも重要であるが、日本の文化的土壌としてイノベーションをどう維持するかという発想が必要である。
イノベーションは本当に必要なのか
それでもやっぱりイノベーションは、誰のニーズにも応えられないかもしれないし、会社で皆がせっかく稼いだ利益を食いつぶしているだけかもしれない。それが、企業の成長、国家の成長のためと言われても、やっている本人も周辺の人も、それを実感するのは難しい。仮にそれが確実に企業や国の成長に繋がるものだとしても。
それでもイノベーションを続けるのは何故か。それは究極のところ、そこから起きる変化や将来へのビジョンを面白いと思えるかに掛かっているだろう。それ故に、イノベーションというのは「戦略」というよりもむしろ「文化」だと思うのである。
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飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。