三国大洋のスクラップブック

スクウェアが狙う商取引のルネサンス - (page 3)

三国大洋

2012-08-17 19:20

 日本でもある時期まで——少なくとも私が学生だった30年近く前までは、街場の喫茶店などに常連というのがごく普通にいた。いつもだいたい同じ時間に来店し、同じ席に座って、同じものを頼む……といった客だ。また、「ちょっとお茶が飲みたいんだが、サイフを忘れてしまって……」という顔馴染みの客もいたりした。

 現金商売が基本の喫茶店でも、そんなことが普通にあった。

 今でも、夜の盛り場などではそうした「顔パス」がきく常連客がいたりするのかも知れない(生憎とあまり飲みに出歩いたりはしないので実状はよくわからない)。ただし、時代の流れの中で、そうした商売のやり方自体が成り立ちにくくなったのは間違いないだろう。

 私自身はファストフードも好きなので「マニュアル化による弊害が」云々といった常套句的批判を書くつもりはない。ただ、スクウェアの話を読んだり見聞きしたりしていると、かつて存在した常連客の顔パスのようなものが、たとえ初めて足を運んだ店でも実現するようになってきている——少なくともそのための技術的な要素は揃ってきているのだなぁ、と感心してしまう。そうしてまた、先に紹介したビデオなどからも察せられる通り、デバイス同士が接触を失うのと軌を一にして、人間同士の接触の機会も失われてしまったような既存の仕組みとはかなり異なったやり取りが生まれてきそうな期待も持っている。

 なお、携帯通信事業者の主導でさっさとおサイフケータイの普及を進めた日本とは異なり、米国では通信キャリアや端末ベンダー、ペイパルのようなオンライン企業、それに金融系各社など、さまざまなプレーヤーの思惑が入り乱れた結果、NFC技術を核にしたスマートフォンによるモバイル決済の普及は、期待ばかりが高まって、実際にはなかなか進んでいないように見える。ベライゾンとグーグルとのつばぜり合いなどがその典型(註9)といえるが、大手各社が普及に向けて足並みを揃えていくための話し合いの場を設けるという発表があったのが、つい先週(9日)のことだ(註10)。

 利用者が増え、取引量が増えれば、それに伴ってスクウェアのサービスにも、セキュリティやユーザープライバシーなどに関連する問題も出てくるだろう。けれども、そうした障害をうまく乗り越えていければ、どちらかというとローテクなスクウェアが一気に独走ということもありえるかもしれない。スクウェアが開発を進める「Square Directory」(同サービスで支払い可能な店舗のガイド)がスターバックス約7000店舗の顧客にも提供されるようになれば、それにあやかりたいと考える他のマーチャントが大量に押し寄せるといった予想も出ている。

 そうなると、いわゆる「ネットワーク効果」(ネットワーク外部性がもたらす効果)が働いて、現在全体で約100万件(個人を含む)とされるスクウェア対応マーチャントのうち、7万5000軒に過ぎない「ペイ・ウィズ・スクウェア」の対応店舗が一気に増加、それに呼応して同アプリを導入するユーザーも……という好循環も考えられよう。

やはり気になる海外展開の可能性

 さて。このニュースについて報じた記事の中に、将来の海外展開に言及したものがあった。

 「スタバ店舗網をつかった海外展開はジャック・ドーシー次第、とシュルツが言った」という見出しのTechCrunchの記事がそれだ(註11)。

 スクウェアの海外市場進出の意向については、7月にアレン・カンパニーが主催するサンバレー(アイダホ州)でのイベント(註12)に出席したドーシーが示唆していたと伝えられていたから、それ自体はあまり意外性もない(註13)。シュルツの今回の発言についても、まだ両社の提携を年内になんとか米国内で実施して……という段階でもあり、その進行具合を見てからでも、海外のことを考えるのは遅くないだろうという妥当なものと思える。

 同時に、ドーシーは今回得た2500万ドルを含む最近調達した資金の使途として、主に海外での取り組みを挙げていた。また、シュルツも世界60カ国にある1万8000店舗のスタバ(おそらく米国の7000店を含む)を使ってスクウェアが事業を拡大したいというなら、それもありだろう、とコメントしたという。

 現在の流れからすれば、もしやるとなったらまずは中国市場あたりから……ということになるかもしれないが、いずれにせよ来年あたりには関連する話題が目につくようになるかもしれない。

(敬称略)

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註11:TechCrunchの記事

When asked what the $25 million in funding from Starbucks would do for the company, Dorsey mentioned that the company is still growing and hiring but that "recent funding will go towards international efforts." Schultz added that it was up to Jack and Square to go international and possibly infiltrate Starbucks' 18,000 stores in 60 countries.

Square's International Starbucks Expansion Is Up To Jack Dorsey, Says Starbucks CEO - TechCrunch


註12:サンバレーでのカンファレンス

メディア業界関連の投資やコンサルティングに強い米Allen & Co.が毎年夏にアイダホの避暑地で開く、とても敷居の高いカンファレンス。もともとハリウッド関連の業界関係者(といっても、Foxのルパート・マードックなどの経営者・幹部クラス)が参加者の中心だったが、最近ではグーグルの経営陣やフェイスブックのマーク・ザッカーバーグなどもレギュラーに。また、今年はアップルのティム・クックが出席したことが一部で大きく取り上げられた(スティーブ・ジョブズは参加したことがなかったため)。

なお、日本人ではソニーの平井一夫CEOのほか、今年はピンタレストに出資して米国でも一躍名前を知られるようになった楽天の三木谷浩史社長も出席していた。


註13:海外市場進出の意向

Square CEO Jack Dorsey Says Company To Go Outside U.S. - Bloomberg

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