三国大洋のスクラップブック

シノフスキーとフォーストル--有能で野心的な親衛隊長の悲劇

三国大洋

2012-11-13 15:54


Windows 8が成功するかどうかを見届けることなく、退社することになったスティーブン・シノフスキーのつぶやき
Windows 8が成功するかどうかを見届けることなく、退社することになったスティーブン・シノフスキーのつぶやき

 マイクロソフトのナンバー2、スティーブン・シノフスキーの退社が米国時間11月12日に発表された。

 このニュースの概要は、CNET Japanでもすでにお伝えしている通りだが、西海岸時間の夕方、東部時間では夜に入って発表された「突然の退社」ということもあり、いまなお多くのメディアがこの話題に関する記事をウェブに掲載し続けている。

 「どういう経緯でこうなったのか」という具体的な話が出揃うのは、おそらく翌朝(日本時間の今夜)以降になるかもしれない。そこで今回は、この話題をめぐって少し前から気になっていたことを簡単に記したい。

キャリア初期にはビル・ゲイツの薫陶を受けたスティーブン・シノフスキー
キャリア初期にはビル・ゲイツの薫陶を受けたスティーブン・シノフスキー

レイ・オジーを退社に追いやったシノフスキー

 「次期CEOの最有力候補」という声もあったシノフスキーに焦点をあてた特集記事が、Windows 8発売前の10月21日にCNET.comに掲載された。

 上述のCNET Japanの記事でも参照リンクが張られているこの記事、見出しはずばり「Steven Sinofsky: Microsoft's controversial Mr. Windows 8」——「マイクロソフトの“ミスターWindow 8”は賞賛と非難の両方を浴びる人物」となっている。そして、導入部にはあのレイ・オジーを結果的に退社に追いやったのがこのシノフスキー、という旨の一節もある。

 オジーは初期のコラボレーション・ソフト「Lotus Notes」の共同開発者として知られる。ビル・ゲイツがマイクロソフトを離れるにあたり、自身の後任となるチーフ・ソフトウェア・アーキテクト(CSA)として直々に招聘した人物。その後、2010年10月にマイクロソフトを退社していた。

 そのオジーが「Windows Live Mesh」という構想を打ち出して、クラウド時代に向けてマイクロソフトの方向を転換させようとしたが、それと対立する「SkyDrive」などの取り組みを進めていたシノフスキーと衝突。この争いはスティーブ・バルマーCEOのもとに持ち込まれ、結局バルマーは「Windows Live Meshをシノフスキーの管轄下に移行させていく」という裁定を下した——といった関係者のエピソードが紹介されている。

 この逸話が示すように、社内での権力闘争を厭わないシノフスキーには、それを非難する声が根強くあった。一方で「Windows 7」を予定通りのスケジュールでリリースさせた管理者(開発責任者)としての信頼性の高さもあり、そうしたことが上記の「賛否両論」につながっていたようだ。

 このCNET.comの記事を読みながら頭の中に思い浮かべたのが、10月末にアップルを追われたiOS責任者のスコット・フォーストルのことだった。Businessweekが一年余り前に書いていたフォーストルの特集記事のなかの記述と、このCNET.comの記事にあるシノフスキーに関する実績や評判などに、奇妙な共通点が感じられたのだ。

 パッと思いつくところを書き出すと次のようになる。

1. 若い頃にカリスマ創業者の側近として働き、頭角を現す

 以前、フォーストルはスティーブ・ジョブズがNeXTから引き連れてきた「親衛隊」の隊長的存在だったと書いた。1965年生まれで、1987年にマイクロソフトに入社したシノフスキーも、90年代にビル・ゲイツのテクニカル・アシスタントを務め、技術分野の最新動向をゲイツに知らせる立ち場にあった。

 この時期の主な功績のひとつが、ゲイツにインターネットの到来と重要性をいち早く知らせたことだったらしい。CNET.comには「シノフスキーがある時、母校のコーネル大学に人材採用で出向いたところ、学生がみんなネットを使っているのを目にして、急いでゲイツに知らせた」云々とある。

 ゲイツが「Windows 95」リリースの直前に例のメモ「the Internet Tidal Wave」を書き、それまでのBBSベースの控えめな取り組みから一気に方向転換を図り、それがマイクロソフトの圧倒的な勢力拡大につながったとされている。

 そのことを考え合わせると、シノフスキーのなかに多少の自負があったとしても不思議はない。

2. 結果を出しつづけてきた実力

 フォーストルは、アップルでiOS開発をめぐる社内競争でトニー・ファデルに勝ち、その後もほぼ一貫してiOSのアップグレードを成功させてきた——少なくとも「Siri」と「マップ」アプリまでは成功させてきたのだ。

 それと同じように、シノフスキーも99年に担当となった「Microsoft Office」、2006年からの「Windows OS」についても開発責任者を務め、きちんとしたものを予定通りのスケジュールで出荷してきた。

 とくにWindowsについては、2000年代前半にさんざん苦労してなんとかリリースした「Windows Vista」の評判がいまひとつだった。CNET.comの記事には、マイクロソフト社内でも「the Visaster」と呼ばれたりすることがある、と書かれている。そうしたこともあって、Vistaの後で事態を収拾し、部門を立て直して、2009年にWindow 7をきちんとリリースしたシノフスキーの功績は、とりわけ高く評価されているとの印象。

3. 極めて有能で喧嘩も厭わない人柄

 フォーストルの解任について記したBusinessweekの記事には、「フォーストル支持派のなかには、技術的に非常に複雑なプロジェクトを管理しながら、新しい技術を開発させ続けてきた彼の能力を賞賛する者もいる」一方で、「批判派からは『自分の帝国づくりを気にかけすぎで、また自分たちの推す機能(の搭載)を優先して、ほかのチームのアイデアを邪魔する』といった声も上がっている」とある。

 さらに「フォーストルのチーム(iOS開発チーム)はとくに了見が狭く、自分たちのゴールを追求することにとても積極的」で、「フォーストルは他のグループが開発を担当する製品にメリットがあるような機能改善には興味を示さないことがよくあった」という元アップル開発者のコメントもみられる。

 それに対して、シノフスキーに関するCNET.comの記事には、冒頭で触れたレイ・オジーとの確執のほかに、「Windowsのグループはこの1年ほどの間に、以前よりも協力するのが難しい相手になっている」という現社員のコメントがみられる。それでも年間売上190億ドル、利益では同122億ドルを稼ぎ出す同部門を率い、4000人を越える人間が何年もかけて開発するWindows OSの開発責任者として「マイクロソフトがシノフスキーを必要としている」という元上級幹部のコメントもある。

Windows 8の成否が定かではないのに

 フォーストルとシノフスキーの共通点について、同じような感想を抱いた人は私だけでなかったようだ。

 たとえばJim KerstetterというCNET.comの論説委員も、フォーストル更迭に触れた記事 を11月3日に公開していた。

 この記事の冒頭には「ふたりとも共同創業者の薫陶を受け、多くの点でメンターの良い部分と悪い部分をそのまま受け継いでいる」「ほかの幹部と政治闘争をやることが珍しくなかった」「社内の他のグループを犠牲にして自分のグループの手柄を熱心に売り込む、という他の幹部からの批判も多い」などと書かれている。

 ただし、この記事が掲載された時点では、まだシノフスキーの退社は発表されていない。そのため、話の趣旨は「社内外での影響力もどんどんと大きくなり、同時に扱いにくいとの評判もあるこの2人」だが、「片方は長年勤めた会社から追い出され、もう片方は巻き返しを狙う自社を舵取りする立ち場にある。この違いは何から生じたのだろうか?」という問いかけとなっている。

 この問いの答えとして筆者自身が示しているのは、「人柄より結果」——つまり、スティーブ・ジョブズにしても、ビル・ゲイツにしても、決して人格者として世間に評価されたわけではない。それと同様に、シノフスキーもフォーストルもこれまで結果を出し続けてきたから、その振る舞いに他人の気に障るところがあっても、少々のことなら大目に見られてきた。

 だが、フォーストルの場合はここに来てSiri、そしてマップとしくじりが続き、引導を渡されることになった。一方、シノフスキーにはそうしたしくじりはまだない。「Windows 8の市場での成否がわかるのはもう少し先だろうが、今のところは評判もいい……」などと書かれている。

 シノフスキー退社の話で気になるのはここのところで、つまり、Windows 8関連の結果について何かの責任をとる形で身を引くには、まだ時期が早いことだ。そうなると、以前から観測が流れていた「スティーブ・バルマーCEOとの確執」が原因かという方向に自然と関心は移る。

 今のところ、「発表と同じ日に退社」ということだけが明らかになっている。

 最後に。

 ZDNet Japanの編集長が指摘していたことだが、フォーストルもシノフスキーも40歳代なかばで、世界有数の影響力を持つ立ち場にありながら、それでも「上」(上司である経営トップ)がつかえていて、すべてを自分の好きなようにすることはできない。さらに、自分の順番がくるのを大人しく待っていたら、あと10年くらいかかってしまうかもしれない……というところも共通している。

 バラク・オバマが47歳で大統領に選ばれたような国にいれば、極めて有能な人間がそうした先行きの見通しに焦燥感を覚えたとしても不思議はないのかもしれない。

 また、たしかスティーブ・ジョブズの伝記本のなかで、ビル・ゲイツは自らプログラムコードを書かなかったジョブズをどこか軽んじていたところがあった……という指摘も思い浮かぶ。ただし、シノフスキーとバルマーCEOの技術に関する知見の深さや広さを示すような逸話はまだ目にしていないので、この点についてはなんともいえない。

(敬称略)

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