グーグルの日本法人でエンタープライズ領域を統括していた藤井彰人氏は、2013年4月KDDIに移った。現在、KDDIのサービス企画本部、クラウドサービス企画開発部長を務める藤井氏に、通信キャリアであるKDDIにとってのクラウド戦略を聞いた。
KDDIは2013年10月、「Microsoft Office 365」や「Google Apps for Business」をクラウドサービスとして提供すると発表。1月には、イントラネット経由で「Amazon Web Services(AWS)」を利用できる「AWS with KDDI」を法人向けに提供することを明らかにするなど、法人分野でさまざまな取り組みを実施している。
KDDIのサービス企画本部、クラウドサービス企画開発部長を務める藤井彰人氏
「クラウドは通信だ」と強調する藤井氏。クラウドを利用する上で、通信品質は最も重要な要件だが、実際に担保しようとするとコストなどさまざまな面で困難を伴う。
通信キャリアが持つクラウドでの優位性について、藤井氏が挙げたのは「スケール」「クオリティ」「ワンストップ」の3つ。規模の経済を前提にすると、クラウドは先行投資型であり、「通信キャリアが従来やってきたビジネスモデルそのもの」だという。コンシューマー向けサービス基盤を長年蓄積したノウハウは大きい。
クオリティについては「メールが止まると記者会見で社長が謝罪しなくてはならない」ほどシビアに見られる事情も交えながら、電気、ガス、水道と同じユーティリティサービスであると指摘。24時間365日サービスを提供し続ける保守体制が、クラウド基盤の運用と相通じるものがあるとする。
ワンストップが意図するのは、安定したネットワークの提供のために、キャリアがデータセンターを通じて、クラウド向けシステム、ネットワーク、サーバリソース、さらにはタブレットやスマートフォンといった端末まで幅広く提供しており、障害の切り分け、管理者からエンドユーザーの管理など、さまざまな機能を一括して提供している点を指している。
ユーザー企業で深刻化するIT要員不足
通信キャリアのビジネスがクラウドと親和性を持つ点を指摘した上で、外部環境についても同氏は触れた。
深刻化する課題の1つに、「2015年問題」「2016年問題」「2020年問題」などとも指摘されるエンジニア不足の見通しがある。「ITのエンジニアがユーザー側にいない」と藤井氏は指摘。KDDIは「このITリソース不足への対応を、クラウドで全面的にサポートしていく」狙いがある。
クラウドをサービスとして提供する形態として、AmazonやGoogleといった「クラウドネイティブ」、野村総合研究所やTISなどの「システムインテグレーター」、IBMや富士通、Microsoftなどの「テクノロジプロバイダー」、Equinixなどの「データセンター事業者」、さらにKDDIやNTTグループ、Verizonなどの「通信キャリア」が存在しているとする。
それぞれ強みと弱みがあるが、KDDIは通信キャリアが持つ技術的な強みや財務基盤の安定性、充実した人的リソースを武器にクラウド事業を展開する考えだ。
KDDIのクラウドをIaaSとSaaSの各戦略に分けた場合、IaaSはさらにパブリッククラウド、プライベートクラウド、コロケーションの3つに分ける。AWSなどの他社クラウドサービスもラインアップに加えながら、KDDIとしてはプライベートクラウドの構築基盤に注力する。「自社サービスだけでなく、AWSのような他社サービスも加えた“グローバルベスト”なサービスを展開できるようにする」(同)。
SaaSでも、Google Apps for BusinessなどKDDIが展開するグローバル向けサービスのほか、KDDIファイルストレージなどの自社国内サービス、BoxやSalesforce.comといった他社サービスも提供し、相互に連携させてサービスを提供する。
IaaS、SaaSのいずれにおいても、最近提供を開始したID基盤サービスをベースに、「自動プロビ」「データ連携ツール」などを提供することで、サービス全体を充実させるという。
KDDI Business IDの狙い
KDDIが先日スタートさせたサービスが「KDDI Business ID」だ。これは、Google Apps for BusinessやOffice 365などの「KDDIサービス」、Salesforce.comやCisco WebEx、Yammerなどの「グローバルサービス」、さらに顧客側にある「オンプレミスシステム」を横断して、1つのIDで認証する基盤を提供しようとするもの。
KDDI Business IDによって、認証機能をSaaSから分離し、IDやセキュリティルールを1カ所で管理するセキュリティ面の利点がある。
覚えるIDが1つで済む、適切なSaaSをユーザーごとに活用できるといったユーザビリティ、ワンストップサービスでIT管理者の負担が軽減するプロダクティビティなどの効果も期待しているという。
KDDI Business IDのロードマップとして、2014年度第3四半期(10~12月)には指紋などを含むパスワードレス認証、2014年度第4四半期(2015年1~3月)には社内のActive Directoryとの連携、イントラネット経路を利用した認証アクセスを利用できるようにするという。
ところで、米企業の中でも、とりわけ自由な職場の雰囲気を重視するGoogleから移籍した藤井氏。KDDIに来て感じる両社の違いは「本が1冊書けるほどある」(藤井氏)とのこと。
(KDDIの文化についてGoogleよりも)「窮屈さは感じる」と笑いながらも、「サービスを提供する使命感、クオリティへの追求とそこから逃げない姿勢は、米企業にはないもの」と印象を話していた。