人と音楽とのつきあい方、特に「音楽を聞く」という行為は、技術の発達に伴い常に変わり続けている。もちろん、デジタル技術の普及にも大きく影響を受けており、それらに伴いどんなユーザー体験(User eXperience:UX)の変化があったか、どんな課題が解決されてきたかを見るのによいケーススタディとなる。
そんなわけで今回は「音楽プレーヤー」を取り上げる。コンテンツの流通のしかたの変化という意味ではコンピュータのアプリケーションなどのあり方の変化などを洞察する参考になるであろう。
レコード
昔の「音楽プレーヤー」というとオルゴールや自動演奏ピアノなどもあるが、ここではレコードから話を始める。レコードの登場以前は人が演奏する音楽は生でしか聞けなかったが、それを「録音」しパッケージ化することで、同じ演奏を何度も聞けるようになった。生演奏の場合は時間と場所が大きく制約されコストもかかるが、それらの制約が大きく解消された。
課題(制約)が解消されることで、UXが改善されたというよりは違う種類の新たなUXが提供されたと見るべきであろう。音質や演奏風景など、生演奏を再現できていない部分ももちろん大きかったが、レコードは広く普及した。
ちなみに、大きくなったレコード産業は、ラジオの普及により一時壊滅的な打撃を受けている。ここでは深く立ち入らないが、近年のCD産業とネットワークとの関係と似ていて興味深い。レコードを使ったプレーヤーにはジュークボックスという興味深い形態もあるが、ここでは取り上げない。
カセットテープ、ウォークマン
やがてテープレコーダが登場し、ユーザーが手軽に録音できるようになった。特にコンパクトカセットの登場は、媒体(メディア)の取扱いやすさなどの面でも手軽さが大きく増した。レコードよりも音質は落ちるが、手軽さから「買ってきたレコードをカセットテープにコピーして、普段は主にそちらを聞く」というようなスタイルも出てきた。
また、レコードでは基本的に複数の収録曲をその順に聞くしかなかったが、カセットテープにいろいろなレコードから(あるいはラジオ放送から録音して)好きな曲を好きな順番で録音し(「編集」と呼ばれていた)、その順で聞くことができた。媒体は小さく軽いので、気軽に友人宅などへ持っていくこともできた。聞く側の自由度がさらに増えたのである。
そして、音楽コンテンツを屋外に持ちだして、移動しながらなども聞けるようにしたいというUX的な観点と言えるモチベーションから、ウォークマンなどのポータブルカセットテーププレーヤーが開発された。録音できることが大きな特徴のカセットテープに対して「再生専用機」(しかもヘッドホン再生専用)というのは、発売前には大きな反発を受けたと聞く(今となっては信じがたいかもしれないが、当時はそれだけ突飛だったのである)。
そんな「常識的判断」に惑わされずに、UX(当時はまだこの言葉はなかったが)を考えて設計した結果ゆえの成功といえよう。