国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)、ウェスタンユニバーシティの3者は、2月22日、知覚判断とその判断に伴う運動行為に関する実験を行い、結果を発表した。
これによると、これまで、外部から脳への入力処理である知覚判断と、脳から外部への出力処理である運動行為はそれぞれ独立したものであり、運動行為は単に知覚判断の結果を反映するだけと考えられてきた。しかし、今回の実験により、両者は密接に関連しており、外界に働きかける運動行為が、実は、人間が外界をどのように認識するのかの知覚にも役立てられていることが明らかになった。
実験では、図のような装置を使って、被験者に、画面の中心に表示される多数の点の動きが、全体として右に動いているのか、左に動いているのかを判断してもらった。両手にはそれぞれハンドルを握り、右に点が動いていると判断した場合には右手のハンドルを動かす。左に点が動いていると判断した場合には左手のハンドルを動かしてもらう。図で示すように、ハンドルとそれを握る手は画面によって隠されており、被験者は画面の下でハンドルを動かす。
実験では、最初、右のハンドルと左のハンドルを動かすために必要な力(負荷)は同一に設定されているが、途中から片方のハンドルを動かすための負荷を徐々に増大させていく。負荷は時間をかけて少しずつ増大させ、最終的には両手間で2倍弱ハンドルを動かすのにかかる負荷をかけた。しかし被験者は両手間の負荷の差に気が付かなかった。
そこで、両手間で負荷に差がない場合とある場合で、点の動きの判断のパフォーマンスを比較した。すると被験者は運動負荷の存在に気が付いていないにもかかわらず、運動負荷の大きな方向の視覚判断を避けるようになった。これは、運動行為にかかる負荷が、「点の動き方向」という視覚入力の知覚判断に影響を与えたことを意味する。
下図は、被験者の判断の変化を示す図。横軸は、動いている点の集合のうち、負荷がない方向(+方向)、もしくは負荷のある方向(−方向)に動く点の割合、縦軸は、被験者が点の集合が負荷のない方向へ動いていると判断する確率になる。各手を動かす負荷が同一である場合(青い線)に比べ、負荷がかかった場合(赤い線)には、点の集合が「負荷がない方へ動いている」と判断する確率が上昇している。
次に、負荷に差のあるハンドルを使って、点の動きの判断を行った。ここでは、運動負荷の高い判断を避けるようになった時に、今度は手を使わずに口答で判断を行ってもらった。その結果、口答判断でも、事前に経験した手の負荷の情報が反映されることが分かった。これは、片方の手に負荷のかかった判断を繰り返すことで、点の動きそのものに対する判断が変容したと考えられるという。
今回の実験から、NICTでは、運動行為にかかる負荷が想像以上に人間の意思決定に反映されるということが判明したとし、製品の見た目によるデザインと、使いやすさ(行為の負荷)は独立でないことが示唆されるとしている。そしてこの結果は、新しい製品デザインの開発などに役立てられることが期待されるとしている。今後は、非適応的な行為の負荷を増やすような環境をデザインすることで、ヒトの情報処理・行為の適応性を高めるような研究にも着手する予定だという。