空港の手荷物受取所
数年前に「空港到着時の手荷物受取所での荷物が出てくるまでの待ち時間の長さの不満を意外な方法で解消した」として話題になった例がある。
その意外な方法とは「飛行機を降りるゲートから手荷物受取所までの距離を長くする」というものである。飛行機の到着から荷物が出てくるまでの時間は同じでも、乗客が手荷物受取所に着いてから荷物が出てくるまでの時間は短くなるので、(歩く距離が6倍になっていても)不満がほとんどでなくなった、というのである。
状況を分析してみよう。手荷物受取所で荷物が出てくる順番は(一部の場合を除いて)予測できず、また出てくるまでの時間もあまり予測できない、「到着待ち」と言えるタイプである。結果に対するプラスの期待はなく、次へ進むための制約なので、「いらいら」が募りやすいタイプのものである。
加えて、実は出発時に飛行機に積み損ねられていて最後まで荷物が出てこないかもしれない、という可能性が(低いとはいえ)あり、他の荷物が出てき始めてからの時間が長いと「不安」が増していくことになる。
しかも、手荷物受取所ではたいてい他にすることがほとんどなく(いろいろ理由があるのであろうが、飲み物の自動販売機すらないことが多いように思われる)、また、出てきた荷物が自分のものであるかどうかは自分で注意して見ていないければならない。
待った結果に対するプラスの要素が少なく、待ち時間を予測できず、しかも散々待たされた結果「出てこない」という可能性がある(悪い結果を予期させる、というのはよくないUXの一つである)ので、この待ち時間を減らすことによるUXの改善の効果はかなり大きいと考えられる。
待ち時間を減らすために、その間にできる他のことをする・させるというのは基本的な手段であるが、それが「実は無駄なこと」であるというのがこの例のポイントである。
UX のために「無駄なこと」をさせるのはありか?
大きな空港であれば多少歩いたりせねば手荷物受取所に辿りつけないというのは多くの乗客が「しかたがない」と思っているであろう。また、あまり長時間でなければ、何もせずに待つ時間よりは、歩いたりしている時間のほうが心理的に短く感じられやすい。
そのため、「歩く距離・時間が長いこと」によるマイナスは、その分「手荷物受取所での待ち時間が短いこと」のプラスに(少なくとも短期的には)隠されてしまっている、と考えられる。
たとえ乗客が「無駄に長い」と知っていたり気がついたりしても、トータルではプラスになるかもしれない。こうした施策は、納得はしづらいかもしれないが、他に同等の改善の手段がなく、その効果が「無駄なこと」のための各種コスト・負担も含め見合うのであれば、考慮すべきであろう。