しかしより望ましくは、乗客にとって「(知っても)無駄とはあまり思わない」ことで時間を費やさせるべきであるのは当然である。同じ「必要より長めに歩く」であっても、眺望がよい、などの良い点をささやかでも用意するようにしたい。
こうした話をすると、アミューズメントを用意する、ゲーム化するなどを思い浮かべる人もいるであろうが、多少なりとも疲れているであろう、またそこからさらに先の目的地へ早く向かいたいであろう到着時の飛行機の乗客の状況を考えると、必然性の薄さを明白に感じさせてしまうのは得策ではない。なかなか難しいと思うが、よりよい施策を考えてみていただきたい。
計算機システムにおいても、どこかの過程でユーザーを長めに待たせなければならないようであれば、その間にユーザーができる(無駄とは思わないであろう)何かを提供できないか、手順の工夫で実質的な待ち時間を減らせないか、などを考えてみるべきである。
電子レンジの待ち時間
待ち時間が予めわかっているときに、その時間に合わせたコンテンツをユーザーに提供しよう、という発想で開発されたのが、慶應大学(当時)の渡邊恵太氏らによるCastOvenである。
電子レンジの扉の窓の部分がディスプレイになっており、温め時間に応じた長さの動画が検索され、温め開始と同時にそのディスプレイで自動的に再生される。見終わったところで、ちょうど温めも完了する、という次第である。
CastOvenウェブサイトから引用
電子レンジで何かを温める場合というのは、その間のユーザーの自由度はあまり奪われていないし、むしろ食事のために他の準備などせねばならないことも多いであろうから、この場合の「待ち時間」の課題自体はあまり大きなものではない。
渡邊氏らも、CastOvenを「日常の流れの中で無理なくコンテンツに触れる機会を増やす」ためのものとして提案している。しかし、こうした発想は「待つ」状況にも転用可能であり、背後にある「時間を使いやすくする」というコンセプトは、単一の機器ではなく、複数の機器を含む生活環境全体の「待ち時間」に関するUXを改善し得るものであろう。
まとめ
ネットワークやモバイル機器は、確実にさまざまな待ち時間の課題を改善してきている。たとえば近年では街の医院において、当日、ウェブで診察予約をして予約番号を受取り、現在あと何人待ちか、ということも逐一ウェブで確認できるようなシステムが普及している。
上に挙げた空港の手荷物受取所でも、携帯電話で連絡をしたりウェブを調べたりすることはできることが多い。誰かと待ち合わせをしたときの「待ち時間」にも、携帯電話の普及はもはや「それ以前」がどうであったかが想像しがたいほどの変革をもたらした。
依然として残っている待ち時間の課題の数々も、やがて計算機やネットワークの活用などにより解決されてゆくであろう。今回具体的な例を挙げたのは「待つこと」のパターンのうちの一部のみであるが、他のパターンの例や改善策を、UXの観点から各自考えてみていただきたい。本連載でもいずれまた取り上げたいと思う。
- 綾塚 祐二
- 東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所、トヨタIT開発センター、ISID オープンイノベーションラボを経て、現在、株式会社クレスコ、技術研究所副所長。HCI が専門で、GUI、実世界指向インターフェース、拡張現実感、写真を用いたコミュニケーションなどの研究を行ってきている。