“シェアードリソース”という新たな動き
最近じわじわと増えてきていることがあります。シェアードリソース型のひとり情シスです。シェアードリソースとは、グループ企業内の間接業務を1カ所に集約して独立採算化し、サービスとして外部提供する手法で、2000年前後に注目が集まりました。現在では当たり前になってしまったのでそれほど耳にすることはなくなりましたが、ひとり情シス界隈では最近よく話題になる言葉となっています。文字通り、ひとり情シスが複数の会社をサポートするというものです。
従業員約150人のある地方企業では、総務兼任の情シス担当者が退職して以降、社内のIT環境に混乱が生じ、重大なセキュリティ事故には至らないものの、多くのヒヤリ・ハット事例がありました。見るに見かねた社長はさまざまなコネを生かし、苦労の末に自社に最適な情シス担当者を採用しました。その企業にとって初めてのIT専任者です。ひとり情シスのAさんとします。
Aさんは、大手企業の情報系子会社でグループ全体のIT業務を経験してきました。事業部門との連携もよく、さまざまな課題を次々と解決できました。前職の経験から、ITに関する課題の多くは、社内のコミュニケーション不足に原因があると認識していたため、イントラネットでFAQ集を公開するなど、利便性の向上に努めました。その甲斐があって、社長や社内メンバーから頼りにされる存在になりました。
兼務の可能性を打診
それから数年たち、平穏無事な日々であったころです。地域の経営者が集まる会合で、Aさんが勤める会社の社長が数十年来の知り合いに会いました。その人も会社を経営しており、自身が経営者になったときにアドバイスをもらった先輩格の社長です。その社長から、最近、IT部員が抜けてしまい、とても大変だという話を打ち明けられました。
昨今のサイバー攻撃をはじめ、迫り来る脅威に対して取るべきアクションが分からず、頭を悩ませている様子を見て、Aさんが勤める会社の社長は「自社のIT担当者を訪問させられないか確認してみます」と約束しました。
会社に戻った社長は早速、Aさんに事情を説明しました。引き受けてくれるか内心不安だったそうですが、Aさんは「自分が役に立つなら喜んで訪問します」とすぐに快諾したようです。ここでも、日本全国のグループ企業をサポートしてきた前職の経験が生きたといえます。
Aさんがその会社のオフィスに着くなり、社長や取締役などから歓待を受け、だんだんと事の重大さに気付き始めました。しかしながら、退職した情シス担当者はきちんと引き継ぎ文書を残しており、一通りの準備もされていたので、大事に至らずに済みました。
シェアードリソース本来のメリットを享受
それから数週間して、また社長同士が再会しました。依然として、後任の情シス担当者を見つけるのに難航してものの、一方でフルタイムを雇うほどの仕事量はないとのこと。そこで、Aさんに週1、2日でも見てもらえないかという相談がありました。つまり、シェアードリソースの発想です。提案を受けた社長は当初困惑しましたが、社内のITシステムも落ち着いているため、ひとまず検討することにしました。
早速、Aさんに相談してみると、業界の違う会社のITもサポートしてみたいというので、少しずつですが兼務してもらうことになりました。数カ月もすると両社のシステムの特徴も分かり、相互の良い点を共有すれば、ITの活用を拡大できると考えました。両社の社長に相談すると、その意見は無事に受け入れられました。
シェアードサービスの弊害として、最大公約数的な仕組みを優先することが多く、細かいものや新しいものに慎重になりがちです。しかし、このケースでは、両社の良い点を取り入れ、標準化することでコストダウンが実現するという、シェアードサービス本来の形となりました。これは、社長同士が旧知の関係なので起きたことかもしれません。しかし、最近では、地方都市で似たような話を聞くことが多くなりました。これも、ひとり情シスの発展的な形態の一つになるのかもしれません。
- 清水博(しみず・ひろし)
- デル 執行役員 広域営業統括本部長
- 横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のディレクターを歴任する。
2015年にデルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。現在従業員100~1000人までの大企業・中堅企業をターゲットにしたビジネス活動を統括している。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。