内山悟志「IT部門はどこに向かうのか」

DX推進で大企業が陥りやすい5つの罠

内山悟志 (ITRエグゼクティブ・アナリスト)

2019-09-18 06:00

 前回の本連載「DX推進に向けた環境整備の成熟度」では、多くの国内企業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進のための環境整備について、何らかの取り組みを開始しているものの、社内の一部の部門など局所的な活動にとどまっていたり、一過性のプロジェクトに終わっていたりしている実態を明らかにしました。今回は、そのような停滞や失敗の原因を考察します。

大企業が陥りやすいDXの5つの罠

 多くの企業が、デジタル技術を活用した業務変革やイノベーションへの取り組みを開始しており、DXを推進するための組織を設置したり、デジタル人材の確保・育成に取り組んだりしていますが、そのような活動は必ずしも順風満帆に進んでいるとはいえません。これまで、多くの企業でDX戦略の立案や推進のための環境整備を支援してきましたが、その中で頻繁に直面した阻害要因を5つの罠として整理してみました(図1)。

図1.大企業が陥りやすいDXの5つの罠(出典:ITR) 図1.大企業が陥りやすいDXの5つの罠(出典:ITR)
※クリックすると拡大画像が見られます

1.DXごっこの罠

 目的や目指す姿を明確にしないまま、世の中で話題となっている技術を試験的に導入してみたり、先進企業のまねをして制度や手法を取り入れたりすることを「DXごっこ」と呼びます。DXの推進には、「Why」「Where」「What」「How」の4つステージがあります。すなわち、DXを推進していくためには、「なぜDXを推進しなければならないのか(Why)」を意識付けし、「DXによってどこを目指すのか(Where)」の方針を明確にした上で「具体的に何をするのか(What)」を決め、具体的な推進の一歩を踏み出します。「どのように進めるのか(How)」については、失敗を恐れず幾つかの方法を試しながら試行錯誤を繰り返します。

 DX推進の方法論が定まっているわけではありませんが、なぜ自社が変革を必要としているのか(Why)の議論が熟さないまま、具体的な施策(What)を決めようとしたり、どのような企業像や事業領域を目指すのか(Where)が定まっていないのに、どの手法・技術を使うのか(How)ばかりに気を取られたりしている「DXごっこ」が散見されます。この「Why」「Where」「What」「How」のステップを確実に踏んで進んでいかなければ、後から必ずスキップしたステージに戻ってしまうことに注意しなければなりません。

2.総論賛成の罠

 以前は、DXに対して「対岸の火事」「自社の属する業界とは関係ない」といった反応が多かったのですが、ここ数年DXに対する認識は一段と高まってきており、多くの企業が口をそろえてDXの重要性を叫ぶようになっています。しかし、DXに対する認識や企業変革に対する意識が、全社一丸となっている企業はまれと言わざるを得ません。

 経営者は変革を唱えるが、既存の事業責任を抱える現場部門が保守的な姿勢を取る「笛吹けども踊らず」という企業もあれば、市場や顧客の矢面に立つ現場部門は危機意識を強く持っているが、「あと何年かは今のままで大丈夫」と過去の成功体験に縛られた経営層が「重石」となっている企業もあります。

 とりわけ伝統的な大企業では、長年培ってきた企業文化や事業における成功体験があるため、全社を挙げて変革に取り組むには大きなエネルギーが必要となります。DXは確かに必要だと思うが、いざ自分の部門や業務に影響が及ぶ各論になると反対またはスルーを決め込むといった状況を「総論賛成(各論反対)の罠」と呼んでいます。

 また、世の中でDXが騒がれているので、自社も何かやらなければならないと思うが、実のところ何をやってよいのか分かっていないという状況もよく見られます。ITRが最近行った調査では、国内企業の経営者の8割以上が、企業変革やデジタル技術の活用を重要と考えているものの、デジタル変革の動向やIT活用について十分な知識を持っていないことが明らかとなりました(図2)。すなわち「何か分からないが、重要らしいのでやれ!」と言っているに過ぎないわけです。

3.後はよろしくの罠

 国内企業の特性の1つとして、何か新しいことを始めようとしたときに、まず組織を設置するというものがあります。経営者は、DX推進組織を立ち上げて人をアサインしたら役割を果たしたと考え、その後の活動を円滑に進めるための環境作りや後方支援を怠るという現象があちこちで見られます。前述と同じ調査からも、DXを推進するための専門組織を設置する動きが活発化しているものの、その後の周知や支援、関係部門との連携・協力は十分に進んでいない状況が見られます(図3)。

 DXは終わりのある活動ではありません。またその推進は、従来の業務プロセス改革と異なり、文化・風土、組織、制度、権限、人材など企業の根幹に関わる多岐にわたる変革が求められるため、経営者による継続的な支援が不可欠です。

4.形から入る罠

 これも国内企業に見られがちな特徴であり、「DXごっこ」や「組織を作って人をアサインしたら後はよろしく」といった罠と通ずるものです。組織や制度といった表面的に目に付きやすい施策に着手するのだが、そこに経営者の思いが込められていなかったり、従業員の参画意識が醸成されていなかったりするため、内容が伴わず継続性や定着に結び付かないという状況が見られます。

 DX委員会の設置、社内アイデア公募・社内アイデアソンの活動など、表向きな「やってる感」は出すのものの、活用されない、続かない、本番にならないといった現象です。社内研修なども活発に行われており、まず知識を蓄えようとする傾向が強いのですが、DXには定まった方法論や成功の法則があるわけではありません。知識よりも実際の経験や失敗からの学びが重要であり、形を整えるよりもまずは小さな挑戦を繰り返すことが大切です。

 コラボレーションを活性化させるためのオフィス環境の整備や、チャレンジした従業員に対する社内表彰制度など、メッセージ性があって、モチベーションを高める効果が狙える場合もあることから、形から入ることは必ずしも悪いことばかりではありませんが、そこに明確な目的や推進者の思いがなければ、施策や活動は形骸化し、継続的な成果を生み出すことはできません。

5.過去の常識の罠

 DXへの取り組みを開始するに当たって、まず先進事例を調べようとする人がいます。しかし、前にも述べたように、デジタル活用や企業変革を推進するための方法論や成功の法則が定まっているわけではありません。自社や他社の過去の成功体験が、そのまま通用するわけではなく、自らいばらの道をかきわけながら進んでいかなければなりません。先行する取り組みを参考にすることは無駄ではありませんが、前例や成功事例がなければ挑戦しないという姿勢にならないように留意する必要があります。

 また、企業がこれまで当たり前のように実践してきたプロセスや慣れ親しんできた制度や考え方にも疑問を持つことが重要です。DXのような新たな取り組みにおいては、人の評価、投資判断の基準、組織文化など、これまで成功してきたやり方や考え方を捨てて臨まなければならない場面も多いといえます。

 ここで挙げた5つの罠のような状況に陥っている場合は、その原因を突き止め、啓発しながら周囲を変容させていく地道な活動が求められます。

内山 悟志
アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。

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