内山悟志「IT部門はどこに向かうのか」

デジタルトランスフォーメーションの対象領域--「両利きの経営」が重要に

内山悟志 (ITRエグゼクティブ・アナリスト) 2019年05月15日 07時00分

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 本連載の前回「デジタルトランスフォーメーションとは何をすることなのか」では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進には、「具体的なDXに関わる活動」と「DXを推進するための環境整備とそれに向けた企業内改革」の2つがあることを説明しました。今回は、「具体的なDXに関わる活動」の部分を掘り下げてその対象領域について説明します。

DXの基底となる「両利きの経営」の考え方

 DXを推進していく際に、どのような分野を対象とするかは非常に重要です。デジタル技術を活用することで、ビジネスや業務をどのように変革するのかを明確に方向づけるためには、DXの対象領域を理解する必要があります。DXの目的は、人工知能(AI)などの先端技術の導入でもなければ、ましてや実証実験をすることでもないはずです。「どのビジネスや業務を、どのように変革するのか?」を明確に方向づけることが求められます。

 イノベーションは技術的な発明や発見だけではなく、ビジネスや社会における新たな価値の創造を含んだ、より広範な概念なので、その対象領域も多岐にわたります。

 特に、大企業がDXを推進するに当たっては、これまで成功してきた既存事業を維持しつつ、新たな分野を開拓する「両利きの経営」を身につけることが重要となります。

 これは、2019年2月に邦訳が出版された『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン、東洋経済新報社)で述べられている考えです。同書では、成熟事業の成功要因は「深化」、すなわち漸進型の改善、顧客への細心の注意、厳密な実行だが、新興事業の成功要因は「探索」、すなわちスピード、柔軟性、失敗への耐性であり、その両方ができる組織能力を「両利きの経営」と呼んでいます。そして、「深化」と「探索」の両方を組織的に調整できることが、イノベーションのジレンマを克服する際の真の鍵だと述べています。「深化」と「探索」の2つの概念は、DXを推進する際の力点の置き方を方向づけるに当たっても重要な観点となります。

 前回、具体的なDXに関わる活動には「業務の高度化や顧客への新規価値の創出」と「新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革」の2つのタイプがあると述べました。前者は、主に既存事業を対象とし、デジタル技術やデジタル化したデータを活用して、業務のあり方を大きく変革したり、これまで実現できなかったことを実現したりするもので、漸進型イノベーションと呼ばれることもあります。「両利きの経営」では「深化」に当たります。一方、後者は自社がこれまで展開してこなかった分野の事業へ進出したり、新しい市場を切り開いたりするものであり、不連続型イノベーションなどと呼ばれ、「両利きの経営」では「探索」に当たります。

DXの方向性を見定めるためのポートフォリオ

 それでは、具体的なDXに関わる活動には「業務の高度化や顧客への新規価値の創出」(深化・漸進型イノベーション)と「新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革」(探索・不連続型イノベーション)をもう一段分解して考えてみましょう。

 提供する価値と事業・顧客層の観点からイノベーションの方向性を見出すことが推奨されます。従来の提供価値と新規の提供価値、従来の事業・顧客層と新規の事業・顧客層の二軸で構成されるポートフォリオで整理すると、4つの象限にはそれぞれ異なるDXの方向性が見えてきます(図1)。

図1.DXの対象領域のポートフォリオ(出典:ITR)
図1.DXの対象領域のポートフォリオ(出典:ITR)

 ポートフォリオの4つの象限のそれぞれにおいて、イノベーション創出の進め方や着眼点は異なるため、対象とする領域を定めた上で、具体的なアイデア出し、体制の構築、推進プロセスの決定を行うことが求められます。

 以前から製品やサービスの価値を、従来の事業領域・顧客層に提供する領域(図1の左下)においても、デジタルイノベーションの機会はあります。これまでもIT活用という範囲では、業務効率化や情報共有などに取り組んできましたが、AI、RPA(Robotic Process Automation)、IoTといったデジタル技術の活用を前提として社内業務のあり方を見直すことで、新たな適用領域が浮かび上がってくるでしょう。

 従来の製品やサービスの価値を、新しい事業領域や顧客層に提供する領域(図1の右下)では、ビジネスモデルを転換するなどして、これまでと異なる市場にアプローチしなければなりません。これにより、これまで対象と考えていなかった顧客層を取り込んだり、新たな市場を開拓することが可能となります。

 従来の事業領域で既存の顧客層に対して新たな価値を提供するためには、新しい価値を生み出さなければなりません(図の左上)。製品・サービスを改良することも価値向上の1つですが、それだけでなく、機器販売を月額課金制にしたり、無償で提供していたサービスを有償化したりといった価格・課金方式の変革も有効な打ち手となります。

 新しい事業領域や顧客層に対して新しい価値を提供するためには、全く新しい製品やサービスを生み出したり、ビジネスそのものや市場を創り出したりすることが求められます(図1の右上)。デジタルビジネスの世界では、デジタル技術の特性を生かした新しいビジネスモデルが多数生み出されています。

 これらの4つの象限のどれも重要であり、「同時に検討する」という企業もあるでしょう。しかし、優先順位や軸足の置き方に違いがある場合は、それを方針として明確に定め、経営者やデジタルイノベーション推進者の間で合意を形成しておくことが求められます。

内山 悟志
アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。

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