顧客志向で切り拓くCOVID-19時代の変革ジャーニー

SAP・PwC対談--歴史的企業の変革ドライバーとなったデザイン思考

古澤昌宏,坪田駆,武藤隆是,中川智帆 (SAP/PwCコンサルティング)

2020-09-15 06:00

 今回は顧客志向を起点として変革を遂げ、世界中の多くの企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の強力なイネイブラーとなっているSAPの取り組みと顧客志向の変革ジャーニーについて、SAPジャパン シニアインダストリーエキスパートの古澤昌宏氏と、SAPにおけるデザイン思考の中心地で活躍するSAP Labs Silicon Valley Principalの坪田駆氏に、PwCの武藤隆是氏と中川智帆氏(以下敬称略)が議論する。

SAPのデザイン思考とシリコンバレー

武藤:今回は「デザイン思考」という武器を活用し、顧客起点で新たなニーズを捉え、その上で、新規事業や全社へのビジネス貢献として成果を出していくという仕組みについてひも解いていきます。これによって、さまざまな企業における変革のヒントになるのではと考えています。

古澤:SAPは、今ではエクセレントカンパニーとしてDX銘柄の筆頭に挙げられていますが、2000年前後はERP(統合基幹業務システム)への依存が高く、成長の壁にぶつかっていたと考えています。そのような状況において、お客さまのニーズや課題を理解し、それをプロダクトやサービスに落とし込んでいくために、デザイン思考という考え方を取り込んだのです。有名な話ですが、創業者の1人でありSAPの監査役会 会長を務めるハッソ・プラットナー(Hasso Plattner)が、米国スタンフォード大学の「d.school」の設立をはじめ、シリコンバレーという新たなイノベーションの拠点への大胆な投資を行ったことが大きな変曲点だったと思います。

武藤:坪田さんがいま目指している方向性や役割について紹介してください。

坪田:私はSAPジャパンに在籍し、シリコンバレーに常駐しています。役割は大きく2つあります。1つは、日本のお客さまのシリコンバレーでの新しいプロダクト開発における、SAP Globalのリソースを活用したプロジェクトリードです。もう1つは、SAPプロダクトから離れますが、日本のお客さまが、新しい事業創造やビジネス変革を進める際に組織設計をどうしたら良いか、エコシステムをどのようにデザインすべきか、シリコンバレーをどう使いこなせばいいのかという、いわゆるDXへの取り組みに対してアドバイスをしています。

 元来シリコンバレーで生まれる先進的な企業の取り組みは、必ずしも日本企業の参考にならないこともありますが、ドイツの伝統的な会社であるSAPが成熟した本社の文化とバランスを取りながらうまく変革をマネジメントしているからこそ、日本企業への示唆を提供でき、学んでもらえることがあると考えています。

 直近10年でシリコンバレーが起点となってデザイン思考をSAP全体に導入し、新たな事業開発に取り組んでいて、今では全体の収益にシリコンバレーが大きく関与し、特に多くのクラウド事業を創出することができていると考えています。

中川:SAP Labs Silicon Valleyの考えるデザイン思考とは、どのようなものでしょうか。

坪田:デザイン思考には2通りの意味があると思います。

 1つは、お客さま向けのサービスとしてのデザイン思考です。お客さまとの共同作業を通じ、どのようなSAPプロダクトの開発や案件の創出につなげていくかという視点になります。現在ファシリテーターの資格を持つ人間が社内に2000人以上います。

 ただ、これは表層の話であって、もう1つは、SAP自身が変化し続けていくプロセスにデザイン思考の考え方を取り入れていくということです。例えば、顧客志向を強く持つという視点です。元々SAP自身もプロダクトアウトな思考で、ERPの改善を18カ月に1回などのゆっくりとしたサイクルで回していた会社でした。一方、SAP Labs Silicon Valleyにおいては、お客さまからのニーズがあれば、完璧なものでなくてもすぐに作って、3カ月以内に世の中に出して確かめてみるという、スタートアップ的な考え方でしています。

 デザイン思考という言葉がシリコンバレーの拠点の中だけで使われているというよりも、デザイン思考で重要となる顧客志向や、アジャイルに作っていくということ、失敗を恐れない、などのカルチャーがシリコンバレー拠点の4500人の仕事をする上での決まりといいますか、暗黙知になっている感覚です。

本国・本社と出島の役割分担

武藤:シリコンバレーという「出島」的なイノベーション機能と、いわゆるソフトウェア開発の本家としてのドイツ本社との関係性や、シナジー創出における成功要因や課題などはありますか。

坪田:下に示す図1は「Horizon Model」というチャートです。われわれは、Horizon 3の破壊的で影響範囲が大きく、将来の拡大可能性が高いビジネスを作ることを狙っています。基本的にドイツ本社のR&D部隊が中心となるHorizon 1とは切り離され、独立性を持ってイノベーションへの取り組みにフォーカスをする役割が与えられています。

図表1:シリコンバレーのイノベーションに対する守備範囲
図表1:シリコンバレーのイノベーションに対する守備範囲

坪田:「出島」であるシリコンバレーが事業開発において最も重視するのは、お客さまの声です。デジタルに関心を持つトップカスタマーをシリコンバレーに招き、「一緒に製品開発をしませんか」と投げかけます。大事なのは、「現状のSAPソフトウェアにどのような改善を期待しますか?」ではなく、「一番かなえたいデジタル化の要件は何ですか?」というアプローチです。今のSAPプロダクトの延長線上にはないモノ作りにチャレンジしています。これはまさにデザイン思考で、お客さまの一番大きな問題から考えます。既存事業への影響を踏まえ、事業としてやるべきかどうかは、後で議論します。われわれはお客さまが望む「正しいことをやる」ことを重視します。「正しいこと」をお客さまとともに取り組む、お客さまとの対話を重視するという考え方です。

中川:イノベーション組織が「出島」として活躍しつつも、最終的には本社、既存プロダクトやビジネスへの貢献が求められていくと認識していますが、その壁を超えていく成功要因をどのように捉えていますか。

坪田:大きくは3つほどあると考えています。1つ目は、シリコンバレーから投げるイノベーションの球を、受け取る側であるキャッチャー(本社)にオーナーシップを持った経営者の見張り役をつけることです。そして、「投げまくってまひさせる」というのが2つ目のアプローチです。たまにしか来ない球は「既存事業とシナジーがあるのか?」と、一つひとつが吟味されてしまうからです。特に重要なのが3つ目の「投げる球に権威をつける」ということです。「改革を本気でトライしているお客さまと一緒にやる」というのが非常に重要なポイントだと考えています。

 やはり、シリコンバレーが「出島」として力を持つようになったのは、インメモリーデータベースである「SAP HANA」の活用の成功だったり、クラウド系ビジネスの合併・買収をドライブさせることだったりといった、成果を創出してきたということも重要だと思いますね。うまくいっている既存ビジネスを壊し、新たな事業に取り組むことは非常に障害も多く、相当の努力があったと考えています。

図表2:SAPとデザイン思考の歴史
図表2:SAPとデザイン思考の歴史

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