前編に続き、今回もセールスフォース・ドットコムに焦点を当てながら、持続的成長のエンジンとなる企業文化と組織づくり、そして、いま企業に求められる変化について、同社の常務執行役員人事本部長の鈴木雅則氏、カスタマーサクセス統括本部サクセスマネジメント部長の坂内明子氏、PwC武藤隆是氏、中川智帆氏(以下敬称略)が議論する。
セールスフォース流「エンゲージメント」の高め方
武藤:前回の対談では、カスタマーサクセスの誕生の背景とコンセプト、そしてそれを支える「4つのコアバリュー」「The Model」「V2MOM」などについて聞きました。これらの要素によりセールスフォース・ドットコムは、現在のカスタマーサクセスを実現し、PwCの提唱する「ROX3」におけるCX(カスタマーエクスペリエンス)マネジメント成熟度をハイレベルで体現していると実感しました。
今回は、セールスフォース・ドットコムの特徴的な企業文化や、それをどう育み組織をマネジメントしてきたのかについて、さらにひもといていきたいと思います。2018年、2019年と働きがいのある会社ランキング上位に選出されましたが、社員との高いエンゲージメントを維持しているのはなぜなのでしょうか。
鈴木:社員の成功に投資すれば、お客さまへのサービスレベルが上がり、それがカスタマーサクセスにつながるという考え方に立脚した取り組みの効果が上がってきたためだと感じています。
目標管理が徹底され、達成したら、その達成に見合った報酬が得られる一方で、社員やお客さま、社会を含め、1つの家族として考える文化、ハワイ語で「オハナ」といいますが、これが根付き、お互い協力し合う風土が醸成されています。経営が業務と人、両方の側面にきっちり配慮していることが大きいと思いますね。テクノロジーの有効活用というハードの側面と、コアバリューや企業文化というソフトの側面が、他社との差別化要因だと考えています。
中川:実際にどのようなエンゲージメント施策があるのでしょうか?
鈴木:「エンプロイー・ジャーニー」を描き、どういった体制でサポートして、どんなテクノロジーを活用して、どんな社員体験をしてもらうか設計し、一過性のエンゲージメントにならないよう工夫して設計しています。
例えば、新しい社員には、1年間で20回以上のメールが自社の「Marketing Cloud」を使って自動的に届きます。開封率は90%を超え、それまで何かと人事担当へさまざまな問い合わせが来ていたものが、社員が自主的に理解できるようになり問い合わせが減りました。同じ仕組みを使って、入社日など節目の機会にアニバーサリーメッセージも届けています。
また、「コンシェルジュ」という人事・総務・経理・ITなどのバックオフィス系の窓口を統合したプラットフォームもあり、必要なバックオフィス情報がすぐ見つかるようになっています。「誰に聞いたら良いか分からない」「質問をたらい回しされた」といったことがなくなり、人事はもっと本質的な業務に専念することができるようになりました。社員も自身のミッションを果たすことに集中でき、結果としてカスタマーサクセスにつながるのではないでしょうか。
また、価値観の浸透という意味では、オンボーディングの機会にカルチャーやコアバリューにかなりの時間を割いています。入社時だけではなく、年2回実施される社員意識調査でもその体現度をチェックしています。全世界で5万人以上の社員が会社の概要や目指す姿を、社外で同じように説明できなければという考えの下、全社員が毎年、会社についてプレゼンテーションを行い、認定試験に合格する必要があります。そこではバリューの話も大きなウェイトを占めています。
CEO(最高経営責任者)兼会長のMarc Benioffの「トレイルブレイザー」(先駆者)という著書でも、企業文化の重要性は強く書かれています。われわれにとって企業文化は絵にかいた餅ではなく企業の成長の原動力です。それを伝えるためには、施策に落とし込み実行していくことが必要不可欠です。
セールスフォース・ドットコムが描く「エンプロイー・ジャーニー」
武藤:前回説明したROX3の事例でも、EX(エンプロイーエクスペリエンス)をビジネス戦略の一つに定め、取り組んでいる事例がありますね。
日本のある企業は、「価値観の明文化」「カスタマーサービスと開発部門の組織間連携の強化」「CX・EXの可視化」をしています。利用者の急増にカスタマーサービスの増員が追い付かず、顧客対応に遅れが生じていたそうです。そこで、カスタマーサービス部門内に顧客の利用実績や問い合わせ内容を分析しプロダクト開発をサポートするチーム、プロダクト開発部門に顧客の課題解決を専門とするエンジニアを置くなどの対策がとられました。
ROX3のイメージ
坂内:カスタマーサービスとプロダクトの開発、それぞれがCXとお互いのEXの改善を担う仕組みになっているんですね。
セールスフォース・ドットコムでは、「IdeaExchange」というお客さまの機能への要望を投票するプラットフォームをリリースし、開発に反映させています。また、お客さまの声を聞くことを起点に、社内外でコミュニティーを非常に大切にしています。全国に40以上のグループがあり、コミュニティーで活躍されている方を「トレイルブレイザー」と呼んでいます。実は、このユーザーコミュニティー自体が、ユーザーからの「Salesforceをカスタマイズしたい」という問い合せによって生まれたものです。現在のオンラインメンバーは200万人、オフライングループは900を超え、グループ活動を支えるリーダーは数千人以上です。これだけの数の人々がSalesforceを核に自主的に集まり、学び合っているのは本当にありがたいことです。
中川:企業のユーザーコミュニティーとしては驚異的な数字ですね。運営の秘訣(ひけつ)はなんでしょうか。
坂内:ポイントは「カスタマーファースト」の徹底だと思います。ビジネスの指標としてROI(投資利益率)の視点は必要ですが、そこにばかりとらわれると、うまくいかないですね。コミュニティーを形成する一人ひとりが何を欲しているか、モチベーションは何なのか、何が彼らにとって成功なのかを見極めるため、ユーザーの声を拾い上げることに注力しています。こちらからコンテンツを押し付けることはしません。
それから、簡単ではありませんが、ユーザーの声を受け入れる組織であることも必須ですね。また、モチベーション高く参加していただくために、表彰制度も設けています。個人がコミュニティーの内外で脚光を浴びることにより、ユーザーのキャリアにおいてもプラスになればと思います。
武藤:企業本意ではない姿勢を貫くからこそ、高いエンゲージメントを実現できる、企業文化や価値観が現場の戦略に落とし込まれることが企業の成長につながる、という良い事例ですね。