コロナ禍から3年が経ち企業のデジタル変革が進む中、2022年から注目の生成AI(人工知能)が企業や学校、社会で活用され始めている。こうしたテクノロジーによりビジネスが今後どのように変化するのか、どのような影響を及ぼすのかが注視されている。企業のIT戦略やIT投資において、今後どのような変化や進化が起こっていくのかしっかり見極めることが必要だ。本連載では、顧客体験(Customer Experience:CX)という観点でこれからのエンタープライズITやビジネス変化を考えていく。
2023年が時代の分岐点である理由
ZDNET Japanの読者の多くは企業の情報システム部門やIT業界に所属しており、ITに関して豊富な知識や経験をお持ちだと思う。そんなプロの方々でも「近年のITの進化は目覚ましい」と実感することが多いのではないだろうか。
例えば2023年現在、最も注目されているテクノロジーといえば、何と言っても生成AIだろう。これまでのAIは「高度なアルゴリズムを用いて複雑な問題の解を高速に返す」というものだったが、生成AIは「ディープラーニング(深層学習)で膨大なデータを学習し、与えられたプロンプト(指示)に基づいて文章やイラストを生成する」という特徴がある。イラストレーターやライターのほか、プレスリリース担当者や業務文書の作成担当者、プログラマーの業務の大半が「AIに取って代わられる」と議論を呼び、実際に生成AIをテスト導入する企業や自治体が増えた。
翻ってみると、これまでエンタープライズITの分野でもさまざまな変化や進化があった。古くは1970年代から1990年代にかけて企業で活用されてきた汎用機(メインフレーム)、オフコン(オフィスコンピューター)の時代があり、それが「Windows」など標準技術を取り入れてオープン化され、さらに統合業務パッケージであるERPが登場し、業務や経営の在り方を大きく変えてきた。
進化は生成系AIだけに限らない。エンタープライズITの領域で近年大きく進化してきたのがCXの領域だ。
CXというと、デジタルマーケティングやウェブ領域の話だと捉える方もいるだろう。ただコロナ禍を経てビジネスモデルがデジタルへとシフトする中、CXが果たす役割が大きくなっていることは確かだ。
例えば、以前の映画会社のビジネスでは、ユーザーをいかに映画館へ足を運ばせるか、関連グッズやDVDの売り上げをどう伸ばすかが重要であり、「充実した映画館体験」や「魅力ある関連グッズの制作」がCXのポイントだった。しかし現在、映画ファンの多くは配信サービスに加入するようになったため、映画会社も自社で配信サービスを運営して、試用期間の提供や魅力ある視聴体験作りを考える必要が出てきた。「映画館へ足を運ぶ」「モノを買う」という物理的な体験だけでなく、デジタル上の体験の向上も踏まえてビジネスモデルを変化させていかなければならないのだ。こう考えると、CX領域は、近年進められてきたデジタルトランスフォーメーション(DX)の進化によって拡大してきたとも言える。
そして2023年に入り、グローバルでは「CXはビジネスにとって大切だ」という考え方から「CXの収益性をいかに上げていくかがビジネスの最重要課題だ」という形で意識が変わり始めている。コロナ渦の渦中は、とにかくリアル店舗からデジタルにシフトすることが重要であり、スピードが最重要であった。
それがアフターコロナの時代になり、町に人が戻ってきた段階では、オムニチャネルの重要性が再認識され、さらにデジタルやCXにかけた投資がどの程度収益に影響を与えているかを見直すことが企業経営の観点で非常になる時代になってきたのである。
このタイミングで登場したのが、生成AIなどの新しいテクノロジーだ。これは偶然ではなく、テクノロジーの進化とビジネスの進化がシンクロしている中で生まれた技術だ。
今後のIT投資やIT戦略を考える上では、今後ITやビジネスがどのように変化していくのか見極める目が必要だ。本連載では、CXという切り口でこれまでのエンタープライズITの変化と今後を考えていく。
営業の時代からモノの時代、そしてCXへ
CXが叫ばれる前は、「商品やサービスそれ自体の価値」がビジネスを成長させる原動力だった。その代表企業がAppleだ。「iPod」にはじまり、「iTunes」で音楽コンテンツビジネスを変え、スマートフォンの「iPhone」で人々のライフスタイルや業務の在り方まで変えてしまった。シンプルでスタイリッシュなデザインも魅力で、Apple製品を持っているだけでおしゃれさやかっこ良さを演出することもできた。新製品の発売日には多くの人がApple Storeの前に並び、その様子はニュースでも放映された。このように2000年代前半は、「商品=プロダクト」がビジネス成長をけん引していた時代といえる。
それより前の1990年代は、商品力も戦力だがどちらかというと「営業力」がビジネス成長の原動力として重視されていた。1990年代はバブルが弾けた年代であり、黙っていては誰も商品を買ってくれないため、「売り方」がビジネスを左右したわけだ、古くから「営業は足で稼ぐ」と言われており、どれだけ多くの取引先に足を運ぶか、どれだけ多くの新規契約を獲得するかが大切で、当然のように営業ノルマが課されていた。そのノルマも、データに基づくマーケティング手法が根付いていなかったため、合理的な数値とはいえなかった。
営業力の1990年代、商品力の2000年代の間に普及が進んだのがインターネットだ。日本では1990年代半ばから使われ始め、2000年代に入ると企業での導入が進み、ビジネスとデジタルがクロスするようになってきた。人々はインターネットで商品を探すようになり、企業側もウェブやメールを活用して自社商品をアピールするようになる。この流れが一気に爆発するようになったのは2010年代だ。
2010年代の前半は、2008年に起きた金融危機(リーマンショック)が尾を引いており、営業や商品の力だけではなかなかビジネスを伸ばせなかった時期だ。この時期に登場したのが、顧客自身が気付いていないニーズや課題を発掘し、提案するという手法だ。単に自社のウェブサイトに商品情報を載せるだけでなく、メールマガジンや広告を活用し、あらゆる角度から商品の価値をアピールする。そのメッセージがターゲットとする顧客に届いているのか、そもそもターゲット層はどこに存在しているのかを分析し、ターゲティング広告でリーチを狙う。テクノロジーの進化もあり、ユーザーのウェブ行動を補足・分析できるようになると、デジタルマーケティングが一気に進んだ。
ただ行き過ぎたターゲティングやプライバシー情報の乱用もあり、ユーザーから「行動を補足されて気持ち悪い」などの声が上がるようになった。こうした流れで、2010年代後半に上がってきたのがCXだ。
ターゲットとなる顧客にリーチしたら、どこまでも広告で追いかけるのではなく、自社のウェブサイトやSNSなどタッチポイントへと自然に促す。そのユーザーのニーズの醸成具合や商品への理解度に応じ、適切な情報を表示するような仕組みを整える。ウェブだけでなく、各種SNSやアプリなどユーザーとの接点が複雑化しているので、全てのタッチポイントで一人一人のユーザーに適した対応ができるように整備する。こうしてしつこい押し売りではなく、顧客に寄り添った情報提供や提案を行う。その分当然デジタルコンテンツも増えていくが、こうして一人一人に寄り添うことで、商品・サービスや企業の評価が向上する。だからこそビジネスにおいてCXが重視されるようになった。