文書が持つ3つの力
「文書」と聞くと、どのようなイメージを持ちますか。契約書や企画書、設計書、手順書など、末尾に「書」が付く言葉が多いと思います。ここに例示したものは全て文書ですし、ほかにも、意外なところでは日常業務に欠かせないメールやウェブコンテンツも立派な文書です。
次に、読者の皆さんが毎日の業務において触れるビジネスデータのうち、情報量比として文書がどのくらいの割合を占めると思いますか。実は、データベースに格納されるようなデータ(構造化データ)は2割、残りの8割が文書(非構造化データ)で占められているという調査結果があります。「そんな大げさな!」と感じたかもしれませんが、例えば、1日の仕事を振り返ってみてください。午前9時から午後5時半までの間、データベースに間接的にアクセスしていた時間と、「Word」や「PowerPoint」、メールやウェブサイト、PDFなどにアクセスしていた時間の割合はいかがですか。大部分のビジネスは、文書と向き合っているという事実に気づいていただけると思います。
そんなビジネスに欠かせない文書ですが、本質的に3つの力を持っています。結論から言うと、「ナレッジ」「ヒストリー」「エビデンス」の3つです。それぞれどういった力があるのか見ていきたいと思います。
3つの力と文書の種類
ナレッジ:企画書、マニュアル、手順書
1つ目はナレッジ、つまり「知識力」です。知識とは、基本的に人間の脳の中にあります。これは「暗黙知」と呼ばれますが、ビジネスは人間が一人で行うものではありませんから、他者の脳の中へと伝達したいわけです。伝えたい情報とその目的はさまざまで、例えば、団塊世代の経験やノウハウといった情報を後進に継承したい、仕事の手順を正確かつ効率的に現場スタッフに伝えたい、新しいビジネスプランを投資家に正確かつ効果的に伝えたい――など多岐にわたります。
暗黙知の状態のナレッジを他者に伝えるためには、「形式知」に変換する必要があります。このことは、ナレッジマネジメントの世界でも知られていますが、「形式知とは何か?」という問いに対して、この連載ではその答えを「文書」と言い切っておきたいと思います。
文書というメディアは、主に「文章」と「イメージ」で構成されますが、元来言語を用いてコミュニケーションをとる人間同士において非常に優れた知識伝達手段であることは、疑う余地のないところだと思います。
ヒストリー:文書の版管理、メールなどの通信文書
2つ目はヒストリー、つまり時間軸上の変遷の過程を残す力です。例えば契約書は、いきなり完成文書ができ上がることはほとんどありません。なぜなら、契約条件の「交渉」がほぼ常に生じるためです。交渉の遍歴は、時間軸に沿って文章の形を変えていく方法で完成文書に近づいていきます。完成文書のみを残して破棄してしまうと、せっかくの交渉過程の知見が未来永劫(えいごう)失われてしまいます。その過程を管理する仕組み、つまり版管理を取り入れることで過程の知見が記録され、先に紹介したナレッジやエビデンスといった力として活用できるようになります。
エビデンス:証憑類、契約書、納品書、発注書
3つ目のエビデンスは「証拠」という意味です。つまり「証拠力」です。例えば、契約書は契約締結内容の証拠であり、納品書や発注書などの証憑は取引に関する証拠になります。証拠力の持つ価値は、後から先方あるいは相互が内容を「否認」できない、また仮にどちらかが「否認」したとしても第三者(最たる例は裁判所)が事実を推定できる、その根拠となり得る力が文書にはあります。よくドラマなどで「一筆書いてください」というセリフが出てくるのは、この証拠力を皆よく知っていることにほかなりません。
法令面で生かされる「エビデンスとしての力」
広義の文書は、狭義には文書(ドキュメント)と記録(レコード)に分類することができます。記録(レコード)とは、先ほど3つ目に紹介したエビデンスとしての力(証拠力)の担保を目的として、一定の要件が課される特定の文書を指します。要件とは、主に真正性、可視性、所定期間の保管・破棄などで、記録に対してこれらの要件を課すのは、主には法令であることが多いです。
例えば、国税に関連する取引における請求書などの証憑書類は、原則として紙での保管が義務付けられていますが、「電子帳簿保存法」に準拠することで、紙を廃棄しデジタルで保管することが認められており、その要件として、保管したデジタル証憑に対し真正性、つまり受領後に内容が改ざんされていないことの証明を求めています。ほかにも(これは紙保存と同様に)7年から10年の保管が義務付けられているため、所定期間における確実な保管が法令から求められます。
また、欧州での個人情報保護法令である「一般データ保護規則(GDPR)」には、「忘れられる権利」というものがあります。これは個人情報を提供した個人が、提供先の組織に対して「私の個人情報を削除させる(忘れてもらう)」という権利を認めるものです。個人に権利が与えられたということは、組織には個人情報を削除する義務が発生します。忘れられる権利をある個人が行使した時、組織の対応として「はい、消しましたよ」と電話で応答するだけでは義務を果たし切れない可能性が高く、「どの情報が、いつ削除されたか」というログを合わせて提出することが必要になってくる場合があります。
幾つか記録に関する法令の話をしましたが、挙げても切りがないほど、世の中には記録に関する法令要件があります。文書の中でも「記録」というと、改ざんできないことなどの要件が、主に法令により求められるものであり、その性質上、更新や変更が行われることのない文書とイメージしていただければと思います。