米国のテック企業が売り上げ成長から収益重視の経営にシフトしている。テック業界などの動向に詳しいグローバルコンサルティングファームのAlixPartnersでパートナー兼マネージングディレクターを務めるGiacomo ‘Jake’ Cantu(ジャコモ・ジェイク・カントゥ)氏は、その背景にユーザー企業の投資抑制やテック企業の販売競争激化、人員の過剰などがあるとし、レイオフが続くと予測する。
AlixPartnersのCantu氏
Cantu氏によると、収益重視にシフトする理由は3つあるという。1つは、金利が高くなり、資金調達コストが増していること。「コストがかからない時は誰も収益性に重点を当てなかったが、成長が鈍化し、キャッシュの価値が高まっている」からだという。ベンチャーキャピタルもこの10年間で10社に投資し、1社が大きく成長できれば「良し」としていた状況が変わりつつある。
同社の調査でも、テック企業の2021年の売り上げ成長率は17%増に対して、フリーキャッシュフローの成長率は5%と、成長率は売り上げがフリーキャッシュフローの3倍を超えていたため、成長で得た収益を再投資できた(図1)。ところが、売り上げの成長率が2022年に12%増、2023年に5%増へと下がり、再投資に振り向けられなくなっているという。
図1:テクノロジー企業の売上高とフリーキャッシュフローの成長率の比較(AlixPartners調べ)
2つ目の理由はIT需要の減少にある。ユーザー企業がIT予算を削減するだけでなく、「消費者の可処分所得が減ってきた」と同氏は述べる。3つ目は、過剰な人材採用にある。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃のIT需要急増への対応とAIなどの成長分野に注力するために、従業員を雇用し過ぎた。その調整が必要になったということだ。
同社が調査した150社の経営幹部の74%が「2024年は成長より、収益性を重視する」と回答(図2)。その割合は、過去24カ月が56%であるため、収益性重視が増加していることになる。
図2:成長と収益性のバランスについて(AlixPartners調べ)
AlixPartnersのアナリストは、「テック企業の成長率減速」の予測を強めているという。同社が134社の上場ソフトウェア企業を調べたところ、売り上げ成長率5%以上のソフトウェア企業が、2023年の78%、2024年の75%とほぼ同水準だった。一方、15%以上の高い成長を見込むソフトウェア企業の割合は、2023年の52%から2024年には30%に減少すると予測する。とりわけ、売上高5億~10億ドルの中堅企業は市場環境の変化に大きな影響を受けて、その割合が2023年の69%から2024年には28%に激減するとみている。
結果、レイオフが続く。同社の調査によると、ソフトウェア企業の72%が2023年にレイオフしたが、その半数が「2024年もレイオフするだろう」と回答する。「外部からの資金調達は好ましい環境ではないため、投資に必要な原資を自社内で捻出する必要がある」とする。投資家から「EBITDAマルチプル(EV/EBITDA倍率)を高く」などと、収益改善のプレッシャーを受けていることもあるだろう。
ただし、AIなど成長分野の人材採用や投資は続けている。例えば、SaaSへの投資は2023年に前年比で17.7%増、2024年も同18.9%増と2桁増を予測する。Cantu氏は「この1年半ほど、コスト削減に焦点を当ててきたソフトウェア企業が再び事業成長につながる領域を検討するタイミングを迎えている」とし、AIやその関連への投資の捻出を迫られているという。そのためのレイオフと人材の入れ替えも必要になるというわけだ。
こうした中で、MicrosoftやOracle、Google、OpenAIなどの米テック企業が相次いで日本市場への投資を発表する。円安の中で、高い投資効果を期待してのことだろうが、Cantu氏は「収益を得ることが目的だが、日本企業にとってもいい知らせだ」とみる。理由は、日本のテック企業がデータセンターなどへの投資に目を向けられること。また、コンピューティングパワーの増加が、AIに取り組むスタートアップらの研究開発を加速するなど有益に働くことが挙げられる。
加えてCantu氏は、「日本の伝統的な企業がAIを活用しディスラプションの流れを作りつつある」とし、今回訪問した4社のテック企業のうち、2社がすぐにイノベーションを起こすとみる。「残り2社も2年以内に起こすだろう」と期待する。
日本のチャンスは少子高齢化や労働人口の減少など、日本が抱える大きな社会課題をAIで解くことにあるとし、それが「日本のイノベーションエンジンを再稼働させることにつながる」とCantu氏は示唆する。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。