既報の通り、富士通は1月22日に新社長の人事を発表。執行役員常務の山本正己氏が4月1日付けで新社長に就任することを明らかにした。2009年9月当時の代表取締役社長、野副州旦氏が突然辞任してから4カ月が経過している。
執行体制を含めて選定された新社長
富士通は2009年10月に新社長の指名委員会を設立。富士通 取締役の大浦溥氏が委員長となり、同じく取締役の野中郁次郎 一橋大学名誉教授と、代表取締役会長兼社長の間塚氏の3名が、新社長の選定にあたっていた。
「暫定政権」として富士通を率いた間塚氏は、「指名委員会では、当社が置かれている厳しい環境、新社長が有すべき資質、社長を支える執行体制の在り方を議論してきた」と述べ、社長を補佐する執行役員副社長まで含め選定したことを明らかにした。
間塚氏によれば新体制は、サービス、ソリューション、グローバルな視点、管理部門と、幅広い知見の集合体になるように選定したという。今年、創立75周年を迎える富士通を担うために、「厳しい競争環境のなかでも変革のマインドをもってやっていける陣容を考えた」(間塚氏)という。
富士通シーメンスの完全子会社化をリーダーとして牽引
新社長に就任する山本氏は1954年生まれの56歳。挨拶の冒頭、山本氏が「記者の方のなかには、私に対する予備知識がない方もいるだろう」と述べるとおり、歴代の富士通社長の中でも若い部類。
「一貫してプロダクト製品の設計に携わってきた」という山本氏は、入社以来、日本語ワードプロセッサ「OASYS」(オアシス)にかかわってきた。山本氏は「プロダクト出身の社長ととらえられるかもしれない。しかし、私がやってきた日本語ワードプロセッサとパソコンは、ITが企業内で重要な道具として普及する時代を経た(歴史でもある)」と述べ、インターネットによるIT利用の進化、その延長線上にあるクラウド時代に向け、「私の経験が大いに役立つ」と自信をみせている。
また、山本氏は若いだけでなく、海外勤務を経験していない新社長でもある。富士通は2011年度を最終年度とする中期経営計画を「真のグローバルIT企業へ向けた3年間」と位置付けているが、山本氏はここでも強気だ。
「当社の大きな課題としてグローバル展開がある。お客様と株主様からは、富士通に真の意味のグローバルカンパニーになってほしいと期待されている。私は海外勤務の経験がないが、2009年4月、富士通シーメンス・コンピューターズを完全子会社化し、富士通テクノロジー・ソリューションズとして富士通になんとか統合するプロジェクトをリーダーとして牽引した。(この経験は)富士通がグローバルに展開するなかで、非常に重要な意味をもつ」(山本氏)
山本氏は最後に「富士通にはさまざまなことにチャレンジさせてもらい、育ててもらった」と語り、「歴代の社長が心血を注ぎ、富士通は非常に強い会社になった。強い富士通をより強くするために、皆さまとともに日々利益を生みながら、新しい挑戦を続けていきたい」と抱負を述べている。