iPhoneを売れない国——アルゼンチン
「景気が悪くて高いものが売れない」、消費者からすれば「買いたくても手が出ない」というのはわかりやすい。だが、アルゼンチンの場合は、もう少し話が複雑である。
やはりWSJに掲載された「iPhone干ばつがつづくアルゼンチン」("In Argentina, iPhone Drought Continues")という記事(2月17日付)によると、アルゼンチンは世界のなかでも携帯電話の普及率が高い国のひとつで、人口100人あたりの回線契約数は142件(2010年)。そのうち、複数のSIMカードを抜き差しして使い分けているユーザーがどれほどいるか、あるいは「2台持ち」しているユーザーの割合がどれほどなのかといったことまではわからない。それでも比較的最近、普及率が100%に達した日本に比べて普及率が低いということはなさそうだ。
ところが、そういうアルゼンチンで昨年1年間で売れたiPhoneの台数は「約3000台」だったという(註3)。
実はこちらにも明快な理由があって、「政府が輸入を禁止したから」というのがこの謎の答え。
「国内でつくった製品しか販売してはいけない」とアルゼンチン政府がお触れを出したのが2011年3月。それで前年(2010年)に約3万台あったiPhoneの売上は結果的に10分の1に落ち込んだのだそうだ。
ただし、アップルだけがねらい撃ちにされたというわけではない。iPhoneやMacのほかにも、自動車のBMWやバービー人形、フランス産チーズ、書籍なども禁輸措置の対象になっている。
こうした政府の動きを受けて、BlackBerryを開発販売するRIM(リサーチ・イン・モーション)は、地元メーカーと提携して現地での製造に切り替えた。だが、アジアにしっかりと最適化したサプライチェーンを築いているアップルでは、そんなことをしても割に合わない。それで、結局アルゼンチン国内では表立ってiPhoneを販売できる者がいない状態が続いている。
もっとも、製品の輸入が禁じられただけなので、iPhoneユーザー自体は存在する。iPhoneはやはりアルゼンチンでも人気が高く、お金持ちの間では米国のマイアミ(「ラテン世界の首都」)に遊びにいったついでにiPhoneを買って持ち帰ることが流行、さらに政府高官のなかにさえ国外出張先で買ったiPhoneを使っている者の姿もちらほら。さらに、そうした状況で自然と発生するグレイマーケットから手に入れるユーザーも当然でてくる。
だが、それほど人気の高いiPhoneでも、通信キャリアが正式に販売することは認められていない。
この政策が国内の雇用確保と、そしてなによりも貿易収支の黒字状態の維持をねらったものであることは明らかだ。政府からすれば「せっかく稼いだ外貨をむやみに使われては困る」「経済的な国力に結びつかないような消費財をどんどん輸入されてしまっては、また元の状態に後戻りしてしまいかねない」ということだろう。ただし、この政策がいちど「破産」の憂き目にあい、そこから立ち直ったばかりという国の人々の口から発せられたものとなれば、それを一概に「保護主義的」と非難して片付けることもはばかられる気がしてくる。
註3:アルゼンチンで売れたiPhoneは3000台
"Apple sold around 3,000 iPhones in Argentina last year before the government started blocking phone imports in March, said Enrique Carrier, a Buenos Aires-based telecommunications analyst. It sold 30,000 in 2010, about double what it sold the previous year, he said."