5月15日付けで、日本IBMの橋本孝之代表取締役社長執行役員が取締役会長に就任し、新社長にMartin Jetter(マーティン・イェッター)氏が就任する。今年、創業75周年を迎える日本IBMとして、56年ぶりとなる2人目の外国人社長。1959年に社名を変更してからは初の外国人社長となる。
日本IBMのこれまでの慣例を当てはめるならば、2009年1月に就任した橋本氏の3年4カ月という任期は、前任の大歳卓麻会長(5月から最高顧問)の9年1カ月、北城恪太郎最高顧問(同相談役)の6年11カ月という期間から見れば短期。1993年に北城氏に社長を譲った椎名武雄氏は、約18年間にわたる長期政権であったことと比較すると“超”短期だといえる。
橋本氏は、「物理的には13四半期にわたって社長を務めた。しかし、私の感覚では10年間やったのと同じ。リーマンショック、クラウドの登場、Smarter Planetへの取り組みなどのほか、CIOを対象としたビジネスから、CEOを対象にしたビジネスへと転換させた」とこれまでの取り組みを語る。
続けて「社長を続けるという選択は、会社の立場として見ればあるのかもしれないが、私自身はやり遂げたと思っている」と社長交代を自らの意志で決めたことを強調する。そして、社長交代の理由について橋本氏は自らが描いた「第1フェーズ」から「第2フェーズ」への転換であることを示してみせる。
「厳しい環境の中でSmarter Planetによる新たな社会インフラへの変革を開始し、世界で初めて社長直轄型のクラウド専任組織を設置するなどの成果があがり、私自身、第1フェーズが完了したと判断した。ビッグ・アジェンダへの取り組みを加速する第2フェーズでは、全世界に分散するIBMの経営資源を統合し、お客様に提供する必要がある。このタイミングに、お客様の期待に応えるための最大級の準備と体制を整えたい」と、社長を退く理由を語る。
日本法人での経験がないものの、米本社に強いパイプを持ち、欧州での実績を持つJetter氏の日本IBM社長就任は、グローバルのリソースを活用するという点で、その手腕が期待されるところだ。
一方で、これまで独自性を誇ってきた日本IBMの独立性を失う社長人事との指摘もある。これに対して「これまでにも外国人の役員が多く、この人事によってグローバル化が進んだわけではない」と橋本氏は反論し、グローバルの中での日本IBMという位置付けを改めて強調してみせる。確かに、日本法人には取締役、執行役員で10人以上の外国人がいる。
つまり、我々が外から見る以上にすでにグローバル化が進んでいるというのが日本IBM社内の認識だ。実際、組織体制もグローバルでのレポートラインが敷かれ、給与の業績連動部分が、日本IBMの業績ではなく、米IBMの業績と連動する日本IBM社員もいるというのが実態だ。
成長する米IBM、売上高半減の日本IBM
いま、日本IBMは、業績を積極的に開示しようとはしていない。2011年(2011年1~12月)の業績も、4月に決算公告として一部で公表しているものの、ニュースリリースでの発表は行われておらず、会見も行われていない。
日本IBMでは、IBMのグローバルな統合や事業構造の改革が加速する中、会計基準が異なる現地法による決算を部分的に取り上げることは、グローバルな情報開示において、公正さを欠き、不適切になるとの理由から、決算に関する会見などをここ数年行っていない。ここにも静かにグローバル化が進展している日本IBMの動きが見て取れる。
その「グローバルの中の日本IBM」という観点から見た場合、日本IBMにとって、最大の課題は業績だといわざるを得ない。