イノベーションという言葉をよく見かけるようになった。背景には、企業が新しい考え方を生みたい、持ち込みたい、あるいはそれが急務だという認識や必要性があるのかもしれない。
創業41周年目にしてインメモリの「SAP HANA」で新しい領域に進出するSAPの場合、イノベーションへの現実解は「デザインシンキング」だ。同社は現在、HANAをはじめとした製品開発に応用したデザインシンキングを、顧客にも拡大している。
SAPが5月初めに米国で開催した年次イベント「SAPPHIRE Now 2013」で、広いフロアの隅にデザインシンキングのコーナーが登場した。初めての試みだ。体感できるスペースで、ガラス張りの小部屋に色とりどりの付箋が張ってある。食品店の新サービス開発を例にしたジャーニーマップを見せてもらった。
同じ色の付箋に「ワーキングマザー」「時間がない」「子どもの送り迎え」などと書かれている――これは顧客の現状や問題だ。
SAPPHIREで初登場したデザインシンキングコーナー
次の“アクション”と書かれた区画では、別の色の付箋で、「献立を立てる」「日曜日にまとめて買い物」「ベビーシッターの手配」「買い物リスト」「クーポンをチェックする」などの言葉が並ぶ。その横の「アイデア」に移ると、「携帯電話にクーポンが全部入っている」「家族が好きなものと嫌いなものを知っている」「パッケージされた食事」「子どもの年齢別の食事」「食事メニューの提案」などが並ぶ。
付箋なら気負いなくアイデアを書けるし、張ったりはがしたりできるため、出てきたアイデアの中で同じようなものが書かれた付箋を集めてグループ化するなど、体系化しやすい。
SAPPHIREでのデザインシンキングデモは、最初に顧客を理解することから始めていた。自社顧客の特徴が付箋に書いてはられている。「保険会社」「TV視聴者」「男性」などが並んでいる
「ここでは、顧客の視点から製品、サービス、エクスペリエンスを見た後、改善や革新のためのアイデアを出す、それを実行する――このサイクルを短くまわすことを体験してもらっている」と説明員は話す。イベントの初日と2日目だけで400社以上の顧客やパートナーが訪れたという。
デザインシンキングは、1980年代に用語として登場し、人間中心、ユーザー視点、実用的、コラボレーションなどのキーワードを持つ問題解決アプローチである(日本でも多数の専門書が出ており、セミナーも開かれている)。現在、研究レベルから実践に広がりつつあり、米国シリコンバレーの技術業界を中心に受け入れが進んでいる。
SAPの場合、共同創業者のHasso Platner氏自らが入れこんでおり、早期からデザインシンキングの有効性を信じ、IDEOを創業したDavid Kelley氏とともにスタンフォード大のd.schoolに投資した。Platner氏は、自身の名前を冠したドイツの研究機関Hasso Plattner Instituteでもデザインシンキングを導入している。