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スマートフォン--社会を烏合の衆に変えるもの

Jason Perlow (ZDNet.com) 翻訳校正: 石橋啓一郎

2013-10-16 07:30

 私は以前、スマートフォン技術の人類社会に対する影響について述べ、これらのデバイスの利用が広がることで、人生のもっとも価値のある瞬間が奪われる可能性があると書いた。

 私はこの問題について、さらに考えてみた。これはスマートフォンだけの問題ではなく、モバイル技術への依存度の高まりや、抵抗しがたいソーシャルネットワーキングの浸透とも関連がある。ソーシャルネットワーキングには、常時参加と情報共有、そして絶え間ない情報の「つまみ食い」を強く誘う力がある。


 基本的に、この問題はイェール大学の計算機科学教授David Gelernter氏が「ライフストリーム」と呼び、私が以前の記事で「愚か者へと向かう高速道路」と呼んだものだ。

 一言で言えば、スマートフォンやソーシャルネットワーキングと、情報のつまみ食いへの強い欲求の組み合わせは、人工的な閉鎖状態を導く最悪の状況なのだ。この組み合わせは、無限のフィードバックループという形の反社会的行動を、新たに社会で受容される標準にしてしまう。

 確かに、スマートフォンやテクノロジそのものは、一般にモラルに対して中立だと考えられている。

 だが、そのテクノロジの使われ方に対する標準を作るのは社会だ。一度、社会全体として何が社会的に受容可能かが決まってしまえば、後戻りはできない。

 例えば、1920年代には、ラジオがエンターテインメントとして人気を博し、さまざまな社会的活動を代替し始めた。1950年代にはテレビが同じことが起き、1960年代には「Boob Tube」(英語でのテレビの俗称)という言葉がわれわれの語彙のひとつに加わった。

 このように、社会的断絶はラジオやテレビが普及した時から起きていたと論じることはできるが、これらは単なる消費のための技術であり、交流のための技術ではなかった。

 パーソナルコンピューティングへの動きは、1980年代初めに始まり、新たな社会的断絶の要素をもたらした。ラジオやテレビはグループで楽しむこともできたが、PCやオンラインでのやりとりは、本質的に1人で行う活動だった。

 PC利用の広がりと、オンラインサービスの台頭、そして学問の世界の外でインターネットが利用され始めたことが、テクノロジによって社会的分断が強まる流れへの転換点だったのだろう。また、メッセージングサービスが使える携帯電話も、一つの転機だった。

 これらのテクノロジがスマートフォンの中で組み合わさったとき、われわれの内なる反社会的性向の最悪の部分を引き出すのに最適なデバイスが生まれた。

 スマートフォンやモバイルデバイスが登場したことで、われわれの内向性とバーチャルな社会的活動は、無線でデータ通信ができるあらゆる場所に広がった。

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