ヒゲそりについて書くのは9年振りだ。ここで言うヒゲそりとは、電動ではなく、ホルダーに替え刃を付ける手動タイプのものである。
前回はSchickが4枚刃のヒゲそりを売り出し、見事にロックインされてしまった話である。ちなみに、筆者は9年経った今でもヒゲそりはSchickの4枚刃だ。
ヒゲそりのビジネスモデルは、「レイザー&ブレード」モデルなどとも呼ばれる有名なものだ。それは、ホルダーを無償で配布したり、あるいは安く販売し、それを使うのに必要となる替え刃で収益を上げるモデルである。同じビジネスモデルは、プリンタとインクカートリッジ、ゲーム機とゲームソフトなど、いろいろなところで目撃できる。
しかし、ことヒゲそりのイノベーションについては、刃の枚数が1枚から2枚、2枚から3枚、3枚から4枚、4枚から5枚へと増えるのみでどこか物足りない。どこまで刃の枚数を増やすんだろうと思っていたが、さすがにこれ以上は狭いヘッドの中に刃が納まりきらないのか、業界最大シェアを持つGilletteが新しい手に打って出た。
Gilletteが売り出したのは、「ProGlide FlexBall」という新商品で、ホルダーの首の部分にボールベアリングが入っていて、肌の起伏に合せて刃の動きが自在に調整されるというものだ。こちらの動画を見てもらえると、その柔軟性が良く分る。
しかし、最も驚かされるのは、今回Gilletteが、この新しいホルダーに従来品より高い値段を付ける一方、替え刃については既存の製品をそのまま使えるようにしたことである。従来のレイザー&ブレイドモデルであれば、ホルダーの価格を安く抑えて、替え刃を高く販売しなくてはならない。ところがGilletteの新製品は、ホルダーの値段を高くして、替え刃を今まで通りにしたのだ。
BusinessWeek誌は、これを称して「100年のビジネスモデルに終止符(“Gillette's New Razor Could Overturn Its 100-Year-Old Business Model”)」と題する記事を掲載した。同誌によると、Gilletteがビジネスモデルの方向転換を行った背景には、ヒゲそり業界でのチャレンジャーの存在もあるようだ。
例えばDollar Shave Clubは、毎月安いヒゲそりを自宅まで届けてくれるサービスを提供している。2枚刃、4枚刃、6枚刃から選択でき、それぞれ月に1ドル、6ドル、9ドルで、いつでも上位/下位のサービスにスイッチングできる。こうしたローコストプレーヤーがすでに6枚刃(!)を提供する中で、Gilletteもビジネスモデルの転換を模索し始めた可能性がある。
ここで思うのは「果たして、これ以上の剃り心地を本当に顧客は望んでいるのだろうか?」ということである。替え刃で儲けるか、ホルダーで儲けるかは、ビジネスモデルという観点で異なるが、ヒゲそりを高機能化するという点でイノベーションの方向性は同じである。
一方で、Dollar Shave Clubが提供しているのは、単なる低価格だけではなく、生活必需品が必ず毎月届くという利便性である。つまり、ヒゲそりのイノベーションは、ついに刃の枚数からサービスへとその領域を広げた訳である。
「ヒゲそりの話で終わりかよ」と思う方もおられるかもしれないが、このレイザー&ブレイドモデルは、IT業界でも多く観察できるビジネスモデルである。それゆえに、GilletteをケーススタディとしてIT業界に当てはめてみると、いろいろ面白い議論ができるだろう。
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。