金融のイノベーションはどこで起きているか
およそ1年前、英国で銀行の決済口座を簡単に移せるサービスが始まった。これは、英国政府による、同国の銀行間の競争を促すことを目的とした施策だ。従来は最長30日くらい掛かっていた移行手続き期間を7営業日まで短縮し、口座自動引き落としなどの取り決めも全て自動的に引き継がれる。
結果、1年間で約110万口座の移動が発生し、前年の93万口座を上回った。しかしながら、英国の銀行口座1億4000万のうち、94%が大手6行で開設されている状況を鑑みれば、たかだか110万口座の移動によって銀行間の競争環境が変化したとは言いがたい。
しかし、この英国政府の取り組みが想定通りのインパクトを市場に与えられなかったとしてもやむを得ない。なぜならば、金融サービスのイノベーションは銀行の決済口座ではなく、さらにフロントエンドであるトランザクションの発生する現場で起きているからだ。
「Apple Pay」が変えること
先週発表されたAppleのモバイル決済サービス「Apple Pay」は、クレジットカード会社や銀行をバックステージに押しやり、自らがステージに立つことを意図したサービスだ。米国で22万店での利用が可能となるApple Payは、決済手段としての現金やカードに「iPhone」という新しい選択肢を加え、そして、それは固有名詞で呼ばれるかもしれない。
つまり、われわれが支払いする時に意識するのは、決済サービスのエクスペリエンスの提供者であるAppleであったり、PayPalであったり、Squareであり、その裏で実際の資金移動を担っているカード会社や銀行ではない。そして、金融サービスのイノベーションは、実際のトランザクションが発生するエクスペリエンスレイヤで起きているのだ。
Apple Payの課金は消費者や小売店ではなく、銀行に対して行われると言われている。Appleが提供するサービスが銀行に課金されるとするならば、決済サービスに関わる銀行のマージンはさらに薄くなる。そして、このことは、決済サービスに関わる付加価値の一部が銀行からAppleへシフトすることを意味する。
変わり行く金融サービス
銀行の担う3つの機能は、預金、融資、決済だと言われている。そして、その全ての領域において、イノベーションはサービスの利用者に密着したところで起きている。
ある知人の会社では、宴会の事後精算はAmazonギフト券でやり取りしているという。確かに、これならメールアドレスさえ分かれば、ほぼリアルタイムで支払いができる。金額の指定も自由だ。
イーコマース(EC)のプラットフォームであるAmazonのギフト券は、その利用者にとってみれば、ほぼ現金と同じ価値を持つだろう。Amazonが自らの通貨である「Amazon Coins」の発行に乗り出すのも納得がいく。下手に預金をするくらいなら、Amazon Coinsを買って10%のディスカウントを受けた方が得である。
PayPalが提供する融資サービスは、EC業者の商取引の履歴に基づいて審査され、返済金額は売上金額に連動するという画期的なものである。ECに最も近いところにいるからこそ開発できるサービスだと言える。
そして、決済のフロントエンドを担うのも、生活に最も近いデバイスを握るプレーヤーなのである。
Innovate or Die
金融機関は、将来の敵がAppleでありAmazonでありGoogleだと知っている。故に、近年大手金融機関はイノベーションへの投資を積極化している。
JPMorgan Chaseは昨年、イノベーションに特化したチームを組成した。MasterCardもニューヨークにイノベーションラボを設立している。今年に入ってからは、金融ベンチャーへ投資する100億円規模のファンドの設定も相次いでいる。
一方で、先週も報じられたように、銀行に対する資本規制は強まるばかりだ。そこに求められるのは、イノベーションよりも安全性である。
この点において金融機関の右に出るものはないが、そこに居場所を定めれば、金融機関は社会のユーティリティとして自らの役割を限定することとなる。自ら変革を起こすのか、バックステージに下がるのか、まさに、その瀬戸際にあると言えるだろう。