IBMがこのところ、研究開発部門とビジネス部門の連携強化に一段と力を入れている。果たして基礎研究に支障はないのか。思惑通り業績改善につなげられるのか。
研究開発のスピードやビジネスニーズへの対応力を向上
日本IBMが10月20日、顧客やビジネスパートナーを対象に、最新技術の紹介やその応用例の体験、さらにそれらの新たなビジネスアイデアの“共創”を図るため、東京・箱崎の本社事業所内に「IBM Client Experience Center」と呼ぶ新施設を開設したと発表した。
同社ではこの新施設の開設に先立って、9月に研究開発部門を豊洲事業所から本社事業所に統合した。これにより、研究開発部門が最先端の研究を紹介する「IBM Tokyo Industry Solution Lab」も新施設の1エリアとして設けられた。
同社の研究開発部門を率いる久世和資執行役員は発表会見で、同部門を本社事業所に統合した理由について次のように説明した。
日本IBMの久世和資執行役員研究開発担当
「クラウドやビッグデータ分析、モバイル、ソーシャルといった新たな技術を取り入れた研究開発を行っていくためには、各業界・業種に精通した営業やコンサルティング部門のスペシャリスト、ビジネスパートナー、さらにはお客様と近いところに居て、ディスカッションしながら、あるいはご要望をお聞きしながら、アジャイルに仕事を進めていく必要があると判断した」
つまりは、ビジネス部門との連携を一段と強化することによって、研究開発のスピードやビジネスニーズへの対応力を上げていこうということだ。久世氏によると、こうした取り組みはIBMグローバルで行っているという。
業績改善に向けた体質転換を図る決め手になるか
IBMの研究開発部門は、グローバルで12カ所ある基礎研究所を中心に、数理科学や認知科学、コンピュータサイエンス、材料科学、電子工学、さらに最近ではサービスサイエンスといった新しい分野も対象にして、最先端技術の創出に取り組んでいる。
その実績においても「IBMはこれまでノーベル賞受賞者を6人、またコンピュータ分野のノーベル賞といわれるチューリング賞受賞者も6人輩出している」(久世氏)という“名門”だ。
IBMの研究開発部門は6人のノーベル賞受賞者などを輩出している
ただ、この話を聞いて、ふと疑問が浮かび上がった。これまではじっくりと腰を据えて基礎研究を行える“土壌”があったからこそ、そうした実績も上がったのではないか。果たしてアジャイルな研究開発に重点を置くことで、そうした土壌が失われてしまうのではないか。会見の質疑応答で、この疑問を久世氏にぶつけてみたところ、同氏は次のように応えた。
「これからの最先端技術の研究開発は、ビジネスに直結した知性と感性が一段と求められる。その新しいアイデアやイノベーションを創出するためには、ビジネスに近いところにいないと分からない。しかもそうした取り組みをスピーディーに行わなくては、市場競争に勝ち残れない」
「とはいえ、それが基礎研究に支障をもたらすとは考えていない。IBMでは基礎研究においても将来、市場やビジネスがどうなっていくかを常に見据えて取り組んできた。その土壌はしっかりと根付いており、むしろアジャイルな取り組みを行うことによって、そうした土壌が一段と活性化すると考えている」
こうした回答はある程度、予測できたが、久世氏のコメントには確固たる自信が感じられた。折しも同日、米IBMの2015年7~9月期決算が発表され、14四半期連続で減収になったことが明らかになった。これはITニーズが大きく変化する中で、体質転換できていない状況が続いていることの表れだ。
今回の研究開発部門とビジネス部門の連携強化は、まさしくその体質転換を図る決め手ともいえる経営戦略と見て取れる。果たして、IBMは基礎研究の強さを失わず、体質転換を図って業績改善につなげることができるか、注目しておきたい。