最近は、自社に多くの情報システム担当社員を抱え込まない企業が増えている。著者が属するイシンの顧客企業の中にも、情報システム担当社員は3人だけでほとんどの業務を外注している企業や、情報システム部を経営企画部門の配下に置いて経営企画部門の社員が兼任している企業などがある。
いわゆるコストセンターと呼ばれる部門は、できるだけ変動費にしてしまおう、という考え方が広がってきていることが要因ではないだろうか。筆者も、その考え方に賛成だ。日々の保守、運用はあるが、大きなシステム開発時に必要な要員を社員化する必要はないと言えるだろう。
そうなると、外注業者、SIerと呼ばれるシステムインテグレーターの選択が重要な仕事になってくる。どんな業者と付き合えばいいのか。製品購入であれば、機能などのスペックを比較し、値段だけで決定しても良いだろうが、SIerを値段だけで選んでいいのだろうか。今回は、SIerの選択について考えていきたい。
iOSアプリ開発業者選びの失敗談
iPhoneやiPadのアプリケーションは、Windowsのアプリケーションとは扱う言語が違うことをご存じの方は多いだろう。だから、開発案件の外注は、iOSのアプリケーション開発経験のあるSIerに任せる、という選択をすることが多いと思う。しかし、そのアプリケーションの開発経験は、きちんと見定める必要がある。過去に、弊社の顧客企業でこんな経験をした企業がある。
2010年、初代iPadが登場し、多くの医療系企業が飛びついた。その中の1社は、トップダウンでiPad導入が決まったため、社内にプロジェクトチームが結成された。情報システム部門はもちろん、営業、トレーニング、マーケティングなど、多くの部署から人が集まってきたのだが、誰ひとりとしてiPadに詳しいメンバーはいない。ましてや、iPadのアプリケーションの開発となると、そういう取引先は誰も知らなかった。
そのため、情報システム部門のメンバーがネットで検索し、3社のSIerを呼んで話を聞くことになった。うち2社は、もともとWindowsベースのアプリケーション開発実績が豊富なのだが、iOSの開発実績となると、「やります」とは言うものの、具体的に提示できる実績を持ってこなかった。残りの1社であるA社は、iPhone発売当初からいくつかのヒットゲームを作っており、iOSには精通していそうなので、プロジェクトチームで相談した結果、そのA社に依頼することになった。
アプリケーション開発プロジェクトの最初のステップは、営業部門メンバーとの打ち合わせで要件定義。何をしたいのかを説明していく。営業部門としては、顧客へのプレゼンテーションに使えるアプリケーションを作りたい。社内にある資料にアクセスし、素早くプレゼンテーションできるアプリケーションを希望した。
ところが、A社の社長は浮かない顔をしている。「社内にある資料にアクセスする」ということが難しいと言うのだ。プレゼンテーション資料は、あらかじめアプリケーションに取り込んでおくべきだ、と言うのがA社側の主張だ。しかし、プレゼンテーション資料は膨大にあるし、新しい資料も作られる。都度、アプリケーションを開発するのは非現実的だ。しかし、何度打ち合わせをしても、その主張は変わらない。
それを聞いた情報システムのメンバーが、ネットでA社の実績をいろいろと見なおしたところ、iPhoneのゲームアプリケーション以外の実績が見当たらないことに気付いた。そうだ、A社はゲームしか作ったことがないのだ。そういう会社だから、社内の資料にアクセスする、なんて経験がなかったのだ。
その時点で、すでに1カ月以上経っていたが、結局そこまでの費用だけ支払って、開発プロジェクトはいったんストップすることになってしまった。
筆者は、実はこのようなSIerを数社知っている。多くは、iPhoneのAppStoreでアプリケーションを販売できるようになった際に、何らかのゲームアプリケーションを作って売ったところ、驚くほど売れたため、それで生計を立てようと起業したプログラマーたちだ。起業当時は、いくつかのゲームアプリケーションがヒットしていたが、その後ゲームの数が増えすぎて鳴かず飛ばずになってしまい、不本意だが業務アプリケーションに手を出すようになった、という経緯だ。
彼らは、iOSのゲームアプリケーションを作ることには長けていたものの、業務アプリケーションを作った経験がない人が多い。さらに、今回のように何らかのサーバーにアクセスする、といった業務に携わった経験がない。このスキルは、いわゆるフロント系だけ作った経験だけでできるものではない。ゲームと業務アプリケーションでは、根本的に設計思想も違うし、必要なスキルも全く違う。それを理解しないまま発注してしまうと、このようなトラブルに陥ってしまうのだ。
クラウドを嫌がるSIerの存在
クラウドサービスという言葉は、いまやITと関係ない人でも知っているのではないだろうか。あるいは、その言葉を意識せずにスマートフォンなどで利用している人が多いはずだ。そんな時代であっても、人月商売をしているSIerにとって、クラウドサービスは認めたくない存在だと考えていることが多い。
クラウドサービス、特にSaaSはリーズナブルだし、何より即使えるようになるところがいい。開発すれば数カ月かかるところが、申し込んで即日、あるいは数日で利用可能になるものがほとんどだ。
ただ、多くのユーザー企業の担当者は、どのようなクラウドサービスがあって、どこがよく使われていて、どうすればいいのか、を知らないことが多い。そのため、ついつい身近なSIerに相談するのだが、彼らは自分たちにとって都合が悪いと判断したクラウドサービスの欠点を挙げ連ね、不採用に持ち込もうとする傾向がある。
この傾向は、都内よりも地方のほうが強い。ユーザー企業の担当者にとって、東京に本社を構えるクラウドサービスベンダーよりも、ついつい近所のSIerを信頼してしまいがちだ。もちろん、懇切丁寧に取り組んでくれるSIerが存在する一方で、自分たちのエンジニアを活用してできるだけすべてを開発する方向で提案してくることもあるのだ。
今の時代において、開発期間がロスになることも多い。また、短期間でライトなものを開発し、それをブラッシュアップしていくほうが良いことがある。ウォーターフォール型とかアジャイルといった用語はさておき、ユーザー企業にとってどうすると良いのか、を本当に提案してくれるSIer、あるいはベンダーを選定する目を持つことも必要なのだ。