エンタープライズAIの隆盛

チャットボットだけではない--ビジネスチャットとAIの連携が業務を変えていく

中西崇文 (武蔵野大学准教授) 2019年02月22日 07時00分

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 オフィスにおいて、プロジェクトをともにする者同士でコミュニケーションを効率的に行うことは非常に重要である。最近では、コミュニケーションツールとして従来のメールだけではなく、ビジネスチャットを導入することも増えてきている。チャットは、従来のメールとは違い、リアルタイム性に優れているため、現代の意思決定を早急に行い、展開していかなければならないビジネスシーンにおいて、強力なツールとなりつつある。

 このようにチャット単体でも迅速な意思決定において効果があるが、人工知能(AI)と組み合わさることで、我々の業務を一変させる能力を持つのではないかと考える。ここで、チャットボットのことかと思った方もいるかもしれないが、実はそれより重要なことがある。ここでは、ビジネスチャットとAIの連携がどのように業務を変えていくかについて述べていくことにしよう。

ビジネスチャットの導入が進む

 「ITR Market View:ビジネスチャット市場2018」によれば、ビジネスチャット市場の2017年の売上金額は34億6000万円になり、今後も増加傾向が続き、2020年には100億円規模になると予測されている。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)による大手企業のビジネスチャットツール導入実態調査によれば、2017年の時点で会社として公式にビジネスチャットを導入している企業が、「全社で導入している」が12.1%、「一部で導入している」が16.0%、合わせて28.1%となっている。恐らく、現状ではもっと増えているだろう。

 また、このような企業がビジネスチャットを導入する理由として、「スピーディにコミュニケーションができる」が23.6%、「会議時間の短縮が期待できる」が15.7%、「複数人での情報共有が容易になる(他部署間とのコミュニケーション活性化等)」が13.9%となっており、コミュニケーションの活性化・効率化を求めていることが分かる。

 確かに、電子メールよりも手軽にコミュニケーションができ、時には大人数でのディスカッションも可能であり、その場でスピーディに意思決定を可能とすることが大きい。ビジネスチャットは単に、テキストを中心としたコミュニケーションツールだけでなく、ファイル共有、勤怠管理、スケジュール管理、施設予約、プロジェクト管理などのさまざまなツールと組み合わせることにより、幅広い業務システムのインターフェースとなってきている。

 ビジネスチャットは、単なるコミュニケーションの活性化・効率化だけでなく、働き方改革を進めるための重要なツールにもなりつつある。テレワークなどで遠隔にいたとしても、プロジェクトメンバーとコミュニケーションが取れたり、さまざまな業務システムと連携することで社内にいなくても業務を遂行できたりするだろう。このように、ビジネスチャットは、我々の働き方をより快適かつ効率的に変えていくだろう。

ビジネスチャット×AIで変わる業務の形

 ビジネスチャットにAIを適用すると聞くとすぐに思い浮かべるものがチャットボットだろう。ビジネス現場にチャットボットを組み込むことによって、定型業務の自動化が可能になるだろう。ビジネスチャット上でチャットボットと幾つかメッセージをやりとりするだけで、社内で必要な手続きを終えることができるかもしれない。ビジネスチャットを導入すれば、さまざまな業務システムをいちいち立ち上げることなく、チャット画面上でほとんどの作業を終えられるのは魅力の一つだ。チャットシステム自体は昔からある非常に枯れた技術であるが、チャットボットという形でAIと結び付けることにより、一挙にこれまでの業務を効率化できるだろう。

 ビジネスチャットによる業務効率化はチャットボットだけでない。ここまで述べたように、ビジネスチャットが業務の現場で十分に活用されていくことで、これまでのコミュニケーションだけでなく、業務のログがどんどん蓄積されていくことになる。このビジネスチャットデータは社内の業務を知るために重要なキーとなる。

 ここで、製造現場のIoT、AI、データ活用のキーワードとして「デジタルツイン」という言葉がある。現場の状況をデータとして取得することによって、仮想世界に現実世界の写像を作ることができるという概念である。仮想世界にできた現実世界の写像は現場の状況を客観的に判断したり、効率化をしたりを考える材料となる。

 重要なのは、IoT技術を活用して、現実世界からデータを取得することである。例えば製造現場では、工場の機器にさまざまなセンサを取り付けることによって現場の様子をデータとして取得できるだろう。つまり、ブルーカラーの現場でデータを取得するために必要なツールがIoTとなる。

 では、ホワイトカラーの現場でのデータ取得は何が重要になるのだろうか。それこそ、ビジネスチャットである。ホワイトカラーの現場では、「人」自身の行動自体が重要となる。その行動をなるべく逐次的に取得できるのが、ビジネスチャットとなる。ここまで述べたようにビジネスチャットはあらゆる業務システムと連携し、業務のインターフェースとなりつつある。そのため、さまざまな業務のログが主にテキストとして蓄積されていくのだ。以前、SNSが社会の状況を読み取るための「センサ」であると語られたのと同じように、ビジネスチャットがオフィスで起こるさまざまな事象を読み取るための「センサ」となるのだ。

 ビジネスチャットというオフィスで起こる事象を読み取る「センサ」をAIでどのように活用できるだろうか。

 まずは、働く人のメンタルとフィジカルの両面から健康管理ができるだろう。人が効率的に働くためには、まずは健康であることが最重要となる。働き方改革により、それぞれの人のワークライフバランスが尊重されることで、同じ場所で同じ時間働くということが少なくなるだろう。そうなれば、社員を時間場所で管理することが難しくなる。ビジネスチャット内での行動から、どのくらいどのような仕事をしているのかというのが分かるだけでなく、その言動から、ストレスがたまっていないかなどを検出できるようになるだろう。それぞれの働き方を尊重しながら、健康を害する働き方をする“サステナブル”ではない人に関して警告を自動的に出すことが可能になるだろう。

 さらに、働く人の才能を見抜く、人材管理ができるだろう。ビジネスチャット内では、さまざまな人とのコミュニケーションがデータとして蓄積されていく。その中で、どのような発言をしたかによって、その人がどういうことを知り、どのようなことを得意としているのかを判別できるかもしれない。実は大きな組織になればなるほど、得意とする人を探すことが難しくなる。誰がどの業務に適しているのかを探索的に探すだけでなく、どのような人と仕事の相性が良いのかの組み合わせを考える際にも力を発揮してくれるだろう。

 今、新たなビジネスを達成するためには、同じ部署の同じメンバーでプロジェクトを推進するのではなく、異部署間、社外のメンバーが混じった形でチームを構築し推進していくことになるだろう。そのようなとき、どういう人がどんな能力・スキル・才能を持っているかを見極めながらチーミング(チーム組成)することがより重要になっていくだろう。その際にビジネスチャットとAIの組み合わせが助けてくれるのではないだろうか。

 現在、ビジネスチャットはコミュニケーションの活性化、効率化のツールとして注目されているが、今後はビジネスチャットによって蓄積されたデータに注目が移っていくだろう。この蓄積されたデータこそが、ホワイトカラーのデジタルツインであり、スマートオフィスを実現する重要なリソースとなっていくだろう。

中西崇文(武蔵野大学准教授)
武蔵野大学 データサイエンス学部(2019年4月開設)准教授
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主任研究員、デジタルハリウッド大学大学院客員教授、データサイエンティスト、博士(工学)。1978年、三重県伊勢市生まれ。2006年3月、筑波大学大学院システム情報工学研究科にて博士(工学)の学位取得。2006年から情報通信研究機構でナレッジクラスタシステムの研究開発等に従事。2014年4月から国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授・主任研究員、テキストマイニング、データマイニング手法の研究開発に従事。2018年4月から現職。現在、機械学習などをはじめとする人工知能技術をコアとしたシステムの研究開発やそれらのビジネス、サービスの立ち上げを目的とした企業連携研究プロジェクトを多数推進中。総務省「AIネットワーク社会推進会議」構成員、経済産業省「流通・物流分野における情報の利活用に関する研究会」委員、総務省「ICTインテリジェント化影響評価検討会議」構成員など歴任。専門は、データマイニング、ビッグデータ分析システム、統合データベース、感性情報処理、メディアコンテンツ分析など。著書に『スマートデータ・イノベーション』(翔泳社)、『シンギュラリティは怖くない:ちょっと落ちついて人工知能について考えよう』(草思社)などがある。

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