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大企業がSDGsにイノベーションを頼る理由

田中克己

2019-09-12 07:00

 「国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)を使って、イノベーションを起こす」――。そんな取り組みを始める大企業が増えている。SDGsが掲げる貧困や環境など社会課題の解決を、新しいビジネスの機会創出につなげたいからだ。だが、そんなに容易なことではない。既存事業や企業文化など妨げるものがたくさんある。そもそも社会課題の解決に、今の技術やノウハウを生かせるのか。今のビジネスに直結しないこともあるだろう。いち早く取り組んだ沖電気工業のイノベーション推進活動から課題と解決策を探ってみよう。

顧客の困り事から社会課題の解決に取り組む沖電気

 「社会インフラ系の技術力に定評がある」と、沖電気の執行役員・経営基盤本部長でChief Innovation Officer(CINO)を務める横田俊之氏は、Thomson Reutersによる世界の主要テクノロジー企業100社に選出されたことなどを例に挙げて自慢する。だが、第三者から高く評価された技術力があっても、将来の柱となる新規事業はなかなか生み出せない。業績から見えることもある。

 1881年創業の同社の売り上げは7000億円を超えたこともあったが、この10年は4000億円から5000億円の間で推移する。2019年度の目標も4500億円だ。そうした中で、約2年前からイノベーションを起こせる社内環境作りに乗り出した。その任に当たったのが、経済産業省出身の横田氏だった。2016年に沖電気へ移った横田氏は「イノベーションをシステマチックに起こすマネジメント」とし、2013年に欧州標準となったイノベーションマネジメントシステム(IMS)に着目し、2017年8月の経営会議で報告すると、社長の鎌上信也氏が「やろう」となり、責任者に横田氏を任命したという。

 そこで、沖電気は大企業のイノベーションを支援する一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)が提唱するIMSを取り入れる。2019年6月にISO 56002が採択したIMSと同じような手法で、改革に向けた組織の個別状況やリーダーシップ、支援体制などを把握することから始めた。手始めに全役員と新規事業担当者の合計約50人それぞれに約1時間のインタビューをし、沖電気の現状を約50ページのレポートにまとめた。

 同レポートから幾つかの課題が浮かび上がった。1つは「どちらの方向に向かうのか分からないこと」(横田氏)。もちろん経営ビジョンはあるが、社員には分かりづらいということだろう。2つ目は、顧客企業が何に困っているか理解できなくなっていること。顧客自身が困り事を分からないこともあって、同社に提案を求める。ところが、顧客に言われたことを技術力で解決する受け身体質に応える力が乏しいということ。

 3つ目は、「新しいことをしても、何も変わらない」という諦め感があること。既存事業部門が新規事業担当者らに「俺たちの金で遊んでいる」と批判する声も聞こえてくる。誰も経験や体験したことのないものへ挑戦するのに、失敗を許さない風土があれば、改める必要もあるだろう。4つ目が自前主義へのこだわりだ。1社だけで顧客の要望に応えられない時代で、協業作りのノウハウの欠如は新規事業の立ち上げを難しくする。

 沖電気はそうした課題解決および、SDGsの課題と解決にIMSを利用するわけだ。簡単に言えば、顧客の困り事が分からないのなら、自社の技術力やノウハウを生かせる課題をSDGsの中から見つけ出し、その解決に取り組むということ。横田氏は「売り上げや利益ではなく、世の中の困り事を解決する心意気でSDGsにフォーカスした」と狙いを話す。

 「2030年までに、現在1日1.25ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」や「2020年までに、世界の道路交通事故による死傷者を半減させる」といった17分野167をターゲットにするSDGsは社会課題の宝庫なので、何をすればいいのか分かりやすい。鎌上社長は2017年11月、その方針を宣言し、同年12月に事業機会の発掘からビジネスモデル化までを学ぶワークショップに全役員を参加させた。

2019年度中に数件の新規事業立ち上げを見込む

 2018年4月、横田氏が率いる経営基盤本部に約10人を配置するイノベーション推進室を新設し、新規事業創出活動「YumePro」をスタートさせる。「技術や製品ありきで顧客を探すのではなく、社会課題の解決から一緒に事業を創る」(横田氏)という考え方にするため、イノベーション環境作りを始める。

 例えば、役員が学んだイノベーション研修を部長から一般社員へと広げた。既に1000人以上が受講したほか、外部のアイデアソンやハッカソンへの参加を奨励したり、アイデアを募集し仮説検証したりする。こうした取り組みを社内外に情報発信し、社内に考え方を浸透させる一方、顧客から「一緒に新しいビジネスをしたい」といった協業を期待する。

 横田氏は「外科手術というより、漢方薬的なもの」と、これら支援策を説明する。1000億円の新規事業を創出することではなく、イノベーションを起こすマネジメントに変えるということ。ただ、事業創出活動を開始して1年半ということもあり、新規事業は目下のところ生まれていない。

 既存事業部へのバトンタッチに課題もあるという。イノベーション推進室が新規事業の仮説作りからビジネスモデルの検証・確定をし、事業部がそれを引き継いで、事業計画作りなど事業化へ取り組む役割分担になっていること。「2階建てバスになっているので、なかなかうまくいかない」(横田氏)という。そこで、早い段階から事業部を巻き込み、仮説検証から一緒に取り組み始めている。

 “漢方薬”はそろそろ効いてきたようだ。イノベーション推進部は現在、約30件のそんな案件を進めている。事業部も幾つかの案件を抱えており、2019年度中に2~3件の新規事業立ち上げを見込んでいる。SDGsを事業機会創出に結び付けた事例が少ない中で、沖電気がどんな事業やビジネスモデルを生み出すのか注目する。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。

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