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庭山一郎「戦略なきIT投資の行く末」

優秀な人材の外資系への流出が止まらないメカニズムと対策

庭山一郎 (シンフォニーマーケティング)

2020-12-01 07:00

 競泳に400m個人メドレーという種目があります。2020年現在の世界記録は、怪物と言われた米国のMichael Phelpsが2008年に北京オリンピックでマークした4分3秒で、12年間も破られていない大記録です。他方、4人の各種目のスペシャリストがリレーする400mメドレーリレーの世界記録は3分27秒です。単純に比較すると怪物Phelpsですら50m以上の大差で負けることになります。日本のIT系セールスの現場はまさにこれで、専門チームがリレーする仕組みには歯が立ちません。

 その結果、外資系への優秀な人材流出が止まらないという現象が続いています。特に売れる営業ほど外資に行く傾向があり、新卒入社して5~7年くらいの営業としてスキルと自信がついた頃に転職し、多くは二度と日本企業には戻りません。その理由は「給与」と言われています。見方を変えれば、市場を人材ごと持っていかれていると言っても良いでしょう。

 「外資系企業は給与が高い」というのは常識のように言われますが、その理由を合理的に説明してくれる人は多くありません。米国や欧州で成功したマーケティングテクノロジーの会社が、日本に進出するときに弊社に相談に見えることがあります。そのときに「こういうスペックのセールスを東京で雇用すると給与の相場はどのくらいか?」という質問を受けます。少し高めに答えてもたいてい驚かれます。

「ちょっとまってもう一度条件を言うよ、こういうキャリアで、このくらいの年齢で、スキルは……、それでもその給与で採用できるの?」
「Yes」
「日本はシンガポールや香港より給与が安い国なんだね」
「……」

 私の友人で、米国東海岸を中心にBtoBマーケティング専門のヘッドハントをしている人がいます。彼の説明によると、コンサルティングセールスやマーケティング職で比較すると、日本の給与相場は40~60%なのだそうです。

 でもなぜそれ程違うのでしょうか。転職する人が海をわたって海外の企業に就職するならまだ分かります。市場が違いますから給与水準が違うのも当然でしょう。でも多くの人は、同じ日本という市場でビジネスをする同じカテゴリーの外資系企業に転職して給与を大幅に上げています。その理由を知りたいと思いました。

 例えば、「外資系企業は直ぐに解雇されるからその分給与が高い」という説明を時々聞きます。しかし、外資系企業といえども日本で法人登記された企業である以上、労働基準法を含めた日本の法令を適用され、簡単に解雇すれば「解雇権の濫用」となります。解雇できるのは一部の上級職くらいでしょう。

 ではなぜここまで給与格差が存在するのでしょうか。

 私は、マーケティングと営業で構成される「販売」の生産性が違い過ぎるからだと見ています。実は先進国の中で日本ほど営業の守備範囲が広い国はありません。

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 多くの日本企業には、営業が頼れるレベルのマーケティング組織やノウハウを持った人材がいないので、売り上げを作る全てのプロセスを営業が担うことになります。ある製品やサービス、技術などを与えられると、それが売れる市場の選定から、案件の創出、案件のドライブ、クロージング、納品、代金回収、顧客フォローまでを全て営業が行います。生産性を上げようがないのです。

 これらを世界では、最低でも2つの組織で役割を分担します。

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 世界の共通言語になっているのは「セールスイズハンター」という言葉です。営業は基本的に鉄砲を担いだ猟師のようなマインドセットを持っており、動く獲物にしか反応しない、つまり3~6カ月以内に大型案件を受注できる対象にのみ集中力を発揮できる、という比喩です。

 その反対語として「マーケターイズファーマー」という言葉もあります。マーケティングは猟師ではなく農民のようなマインドセットを持っていますから、荒れ地を耕して畝(うね)を作り、土地や気候に合った種をまき、2年も3年も肥料をまいたり、雑草を抜いたりして育て続けることができるのです。

 さらに世界の動向は、もう2~4つの組織でのリレーに移行しています。特にクラウドソリューションのパッケージベンダーはこの方法を駆使して成果を上げています。

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 デマンドセンターがROMI(Return On Marketing Investment)、インサイドセールスはアポイントの数かSAL(Sales Accepted Lead)、営業は受注決定数か金額、そしてカスタマーサクセスはLTV(Life Time Value)というKPI(重要業績評価指標)でつないでいくのです。

 マーケティングと営業の役割分担が確立されている企業であれば、市場の選定は製品開発の段階で決まっています。それが基準だからで、基準もなく製品が生まれてくることは本来ありえません。もちろんその市場の中から案件を見つけるのも、デマンドセンターと呼ばれるマーケティングの役割です。その案件の中から、マーケティングのスコアとインサイドセールスのコールで、営業が対応するに相応しいと思われた案件のみが営業に渡されます。営業や販売代理店が受注した後は、カスタマーサクセスの出番です。顧客が購入したものをきちんと活用できるように、アドバイスやトレーニングを行います。こうした専門特化したチームが、専門性の高いツールとノウハウを駆使してリレーする欧米型の「販売」に対して、日本の営業は全てのプロセスを担います。

 これが冒頭で紹介した「個人メドレーとメドレーリレー」の勝負なのです。

 結果的に工数ばかり掛かって生産性の上がらない日本企業の営業は、年間の受注金額や獲得営業利益で外資系に対抗することができず、その結果が給与格差に反映されているのです。

 もちろん人材流出や給与格差の原因はこれだけではありません。しかし、この販売の生産性の悪さを改善しない限り給与を先進国の国際水準まで引き上げることができず、優秀な人材の流出も止まることはないでしょう。

 世界を観れば、この20年で最もマーケティングとセールスを進化させたのはIT産業です。日本企業との生産性の格差が大きいのはそれが理由です。私が日本のIT産業に警鐘を鳴らし続けている理由はこれなのです。

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング 代表取締役
1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

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