敷地面積約55万平方メートル、70機種以上のアトラクションを誇る熊本県の遊園地グリーンランドがこのほど、園内地図をデジタル化し、来園者がスマートフォンを使って、アトラクションの待ち時間から予約したり、各施設やイベントの情報を手に入れたり、イベント会場への経路を検索したりできるようにした。
同遊園地を運営するグリーンランドリゾートの担当者は、アトラクションに乗ったランキングなどを実現し、新たな園内体験の提供へつながることを期待しているという。
この開発に利用したのが、2019年4月に創業したボールドライトの「デジタルマップ・プラットフォーム」だ。同社 創業者 兼 代表取締役社長の宮本章弘氏は「地域を元気にするため、どう盛り上げていくのかずっと考えていた」と、同プラットフォームの開発理由を説明する。
ボールドライト 創業者 兼 代表取締役社長 宮本章弘氏
具体的には、同プラットフォームで地域ならではの地図を作成し、閉じた経済圏を創り上げる。分かりやすく言えば、訪れた観光客が地域内の施設や商業施設に長く滞在したいと思えるような使い勝手のいい、利便性の高い地図にするということ。
そのために、多くの自治体や観光協会などがイベントなどの情報を掲載した地域オリジナルの地図を作っている。しかし、こうした紙ベースの地図に新しい情報を追加したり、変更したりするには作り直す必要がある。加えて時間やコストがかかる上、盛り込む情報も限られる。そこで自治体などは「Google Maps」などを使って地域のデジタルマップを作成し、アイコンを置いたり、情報を埋め込んだりする。ボールドライトは、それを誰でも容易に作成できるデジタルマップ・プラットフォームを開発したわけだ。
まずは見栄えのいいデジタル地図を作れるようにし、観光地や施設の内容、混雑情報、目的地への経路、デジタルスタンプなどといった機能を用意。地域内の移動手段となるバスなどが今、どこを走っているのか、何時に到着するといったMaaS(Mobility as a Service)の機能も備える。
もちろん移動手段やイベント参加などの予約や決済も可能にし、多言語にも対応する。ボールドライトは、こうした情報や機能を盛り込んだデジタル地図を2、3日で作成できるという。月額使用料もスポット数によるが、8000円弱からと安価にし、2023年11月時点で700弱の自治体や観光協会などが導入している。
ボールドライトは観光地向けに加えて、2023年から商業施設向けデジタルマップ・プラットフォームの提供を開始している。グリーンランドのような遊園地や水族館、テーマパークといった施設情報などのデジタル版を作成するもので、月額使用料は数万円からと観光地向けよりやや高い。観光地向けと同じように混雑情報や施設のチケット予約や決済などの機能を備えるが、ベースになる施設地図や施設内の経路検索など、一部の機能を作り込む必要があるからだという。
商業施設向けのプラットフォームでは、地図上の絵を自由に作れたり、アイコンを自由に置けたりする。ユニバーサルの検索機能も搭載しており、データの管理もできる。複数の機能を搭載しているにも関わらず、2週間から1カ月で同プラットフォームを稼働できるという。「スクラッチで作るより、早く安く導入できる」と宮本氏。商業施設向けには、例えば六本木ヒルズのような商業施設向けと水族館などテーマパーク向けがあり、合わせた利用者は2023年11月時点で50件弱になる。
実は、「そんな閉じた地域の地図がいるのか」「グーグルマップなどで十分ではないか」といった、デジタルマップ・プラットフォームの需要を疑う声もあったという。「デジタルマップの機能だけに注目し、地域経済を循環させることに関心がないからだ」(宮本氏)。これは、地図を地域経済の活性化や発展につなげることを考えたかということだろう。
結果は、新型コロナウイルス感染症が、閉じた地図の重要性をより高め、自治体や旅行会社、鉄道会社、航空会社などが導入した。従業員10数人になる同社の売り上げは、2022年度に3億数千万円、純利益は1億1000万円。2023年度は売り上げ約5億円、純利益約2億円への事業拡大を見込む。
宮本氏は、自治体は約1700、商業施設は全国に数千以上あるので、「ポテンシャルはまだまだある」と読む。加えて、デジタルマップ・プラットフォームの新規市場開拓に取り組む。例えば、大学の構内地図や大規模な工場、オフィスの地図などへの適用だ。一方で、プラットフォームの機能強化を図る。地域に閉じた経済や社会に必要なサービスや機能を増やすために、例えば地域デジタル通貨を手がけるベンダーなどとの協業や提携を推進するという。
同社は、「ここに、こんなものがある」といった情報をデジタルマップ上に見せることから始め、その場所にどのように行くのかというMaaSの機能を次に取り込むとしている。バスなどの乗り物が今、どこを走っているのか、レンタサイクルがどこで借りられるのかという情報だ。また移動手段の利用状況や予約、決済の機能も用意する。実は、こうした機能はこれまでもあったが、別々のアプリケーションやサイトにアクセスする必要があった。それを1つのアプリケーションで実現し、「目的と手段、決済を組み合わせた」(宮本氏)のがデジタルマップ・プラットフォームになるという。
同氏は30歳前半で大手ITベンダーを退職し、同社らの出資、融資を受けてAI関連のスタートアップを立ち上げた。だが、同社が出資を引き揚げることになり、2019年にスタートアップを解散した。そして、同年4月にボールドライトを設立する。「新しいものを自分で作り、世の中に喜んで使ってもらうこと」と、起業の思いは両社に共通するものがある。
宮本氏は「東京のGDP(国民総生産)は日本全体の約2割で、残りは地域になる。そこに目を向けた」として、アプリケーション活用の敷居を低くし、簡単にデジタルマップを作れる仕組みを編み出した。さらに月額制にし、ユーザーは契約をすぐに止められる。もちろん、ボールドライトは止められないようにサービスの品質や機能を上げていく。
44歳になった宮本氏は今、海外展開などを模索するなど、次のサービスも創り出そうとしている。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。