三国大洋のスクラップブック

実務家ティム・クックの課題、あるいはアップルの自己革新の可能性 - (page 3)

三国大洋

2012-10-05 12:00


実務家を補完する「新たなカリスマ」の台頭は

 Businessweekの記事は、今後さらに増えていくはずの「クックCEOの課題」として、「製品ラインが拡大する中でアップルのフォーカスを維持すること」や「いつ辞めても困らない幹部のつなぎとめ」、「業績や株価のさらなる向上」などが挙げられている。確かに、一企業、しかも時価総額世界一の企業の経営者にとっては、これだけでも十分に大きな課題かもしれない

 だが、それと同時に思うのはアップルがすでに「単なる一企業」を超えた存在になっている、といった認識が少なくとも一部にはあることだ。

 AT&Tやベライゾンのような大企業に対して、ユーザーが「なにかワクワクするようなもの」を出してくるのを期待することはあまりないと思えるのに対し、アップルにはそうした期待が確実に存在しているということである。「退屈」の一語が独り歩きしてしまった感のあるマット・ホーナンのコラム(Wired.comに掲載)にも次のような一節がある。

(コラム執筆時点で発表されたばかりだった)iPhoneは、驚くべき技術の勝利——性能や機能が年を追うごとに向上していっているが … それでも、ユーザーの生活を変えることはないだろうし、根本的に(あるいは「過激なほど」)異なる経験を提供することもないだろう(註10)

 スマートフォンごときに「自分の生活を変える」何かを期待するのもどうかと思う一方、自分自身のことを思えば、この指摘に同意せざるを得ない部分があることにも思い当たる。さらに「極めて優秀な実務家」であることをすっかり証明した感のあるティム・クックにしても、「ユーザーの生活を大きく変えるような何かを創り出す」という点に関しては、いささか役不足と思えなくもない。もしくは、そもそもそういう期待を抱く相手ではない、というべきか。

 これも変な喩え(あるいは不適切な比喩)かもしれないが、ティム・クックには中国の周恩来(初代首相)と似たところがある。NHKのドキュメンタリー番組を見ていて、そう感じたことを思い出した。

 1950年代末にあった「大躍進」キャンペーンの悪影響で結果的に数千万人の餓死者が出たとされる大飢饉があったが、その際に周は「5〜6億の民衆をなんとか食べさせていかなくては」と、今でいう表計算シートのようなものとにらめっこしながら、幾晩も徹夜して食糧の生産・配給計画を作成・修正していったという。これはティム・クックの「スプレッドシートの鬼」を想起させるエピソードだ。もちろん当時はそろばんと鉛筆、あるいはペンでの手作業だろうけど。

 だが、巨大な国家を崩壊の危機から救った実務家も、自分がリーダーになることはなかった。良くも悪しくも民衆を熱狂させ、ある方向に引っ張っていったのは、死後になっていろいろと問題の指摘も出てきた毛沢東のほうだった。

 この「カリスマ」と「実務家」という組み合わせがあってこそ偉業を達成できる——そういう前提に立つと、やはり誰がジョブズの抜けた穴を埋めるのかという点が気になって仕方がない。「進化」(evolution)ではなく「革命」(revolution)を実現する上で、ティム・クックの本当の「相棒」になるのは誰なのか。

 別の言い方をすると、たとえば長年デザインの責任者を務めてきたジョニー・アイブが、この先ビデオの中で「製品の面取の精緻さ」といったこと以外の事柄を口にするようになるのか。または「ミニ・ジョブズ」のあだ名を付けられたスコット・フォーストルが、昨年の「Siri」に続いて、今度は大失態となった地図サービスの失地をどこまで挽回してくるのか。そういったことが気になる機会が今後ますます増えるかもしれない。(次ページ「ジョブズは自己革新の種を残したのか」)

註10:Wired.comに掲載されたマット・ホーナンのコラム

But mostly it is the Toyota Prius of phone updates. It is an amazing triumph of technology that gets better and better, year after year, and yet somehow is every bit as exciting as a 25 mph drive through a sensible neighborhood at a reasonable time of day. It's not going to change your life. It's not even going to offer a radically different experience.

The iPhone 5 Is Completely Amazing and Utterly Boring - Wired.com

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