アップルを追放されたスコット・フォーストルは、このアプリのような「似非リアルなデザイン」でも批判されていた
昨日につづいて、アップルが米国時間10月29日に発表した経営陣の入れ替えについて記していきたい。
今回の発表は、事前に情報がダダもれの新製品発表とは異なり、かなり突然の出来事——しかも世界一の時価総額をもつ大企業になったアップルのお家騒動といった趣きもあるせいか、実に多くのメディアがこの話題について書き立てている。
おかげで、グーグルのNexusシリーズの新端末発表も、マイクロソフトが満を持して発表したWindows Phone 8端末の米国投入も、この話題の影に隠れてしまったという印象だ。
まさか、アップルがそうした効果を狙って、わざとこのタイミングで新人事を発表したというわけでもあるまい。それでも意図的かどうかに関わらず、この発表が競合他社にとって気の毒な結果を招いたことはほぼ間違いない。
それはさておき。
そうした次第でたくさんの興味深い情報や洞察がすでに出ているが、今回は「これは興味深い」と思えた論評を紹介したい。ポイントとしては、
- 『ごめん』の一言がいえなくて……
- 重要性が増すフィル・シラーの存在
- アップルにポスト・ジョブズ=ジョニー・アイブ時代が到来(?)
といったところである。
『ごめん』の一言がいえなくて……
まず「私はこれで会社をクビになりました - スコット・フォーストル編」といった感じの話。
昨日のコラムのなかで、New York TimesのBitsの話を踏まえて次のように書いた。
「iOS 6の『マップ』アプリとサービスをめぐる例の失態に関し、フォーストルが責任を認めようとしなかったことが結局命取りになった」旨の話が伝えられている。9月末に公開された謝罪のレターは、本来ならフォーストルの名前(もしくはフォーストルとティム・クックCEOの連名)で出されたはずのものだったかもしれない。
原文は次の通り。
After an outcry among iPhone customers about bugs in the company's new mobile maps service, Mr. Forstall refused to sign a public apology over the matter, dismissing the problems as exaggerated, according to people with knowledge of the situation who declined to be named discussing confidential matters.
これと同様の話がWall Street Journal(WSJ)の記事にも出ているので、やはり本当のことなのだろう。
Apple Inc. executive Scott Forstall was asked to leave the company after he refused to sign his name to a letter apologizing for shortcomings in Apple's new mapping service, according to people familiar with the matter.
ただし、「実力もある一方でいろいろと問題も多い幹部」を排除したからといって、ティム・クックは一安心というわけにもいかない——そんなことを思わせる指摘が別のWSJの記事に出ている。曰く「ハードウェアの専門家なら多くいるアップルのなかで、フォーストルはソフトウェアについて一番よく知っている人物とみられていた」「フォーストルはシリコンバレーの主立った人物のことを理解していると、元アップル幹部のアンディ・ミラーは指摘する」など。
なお、フォーストルの穴を埋めることになるクレイグ・フェデリギは、フォーストルと同様にネクスト(NeXT)からアップルに移って来た人物。いったん外に出てアリバで働いた後、2009年にアップルに戻ってきた経歴の持ち主だ。人物評としては「物静かで大人」だが、「iOSチームのなかではよく知られていない」とある。
重要性が増すフィル・シラーの存在
長くスティーブ・ジョブズの右腕を務めたフィル・シラー(右)。肩書きに「マーケティング担当」が付くが、世間一般が認めるよりはるかに重要な役割を担っている
長年アップルでスティーブ・ジョブズを支える重要な脇役として活躍してきたフィル・シラーについて、いまさら「重要性」云々というのもおかしな気がするが、それでも一連の出来事で今や本物のナンバー2となったシラーの役割の重さがあらためて浮き彫りになったという気がする。
具体的には、今回の新人事に加えて先週(米国時間10月23日)のiPad miniの発表がある。ティム・クックとフィル・シラーの二人だけであのイベントをすべて済ませたことが、この「一連の出来事」に含まれるが、そのことに気づかされたのはジョン・グルーバーがDaring Fireballに書いた短いエントリーによってであった。グルーバーは今回の話にふれたMG・シーガーのポストに言及した上で、次のように記している。
アップルでいう「マーケティング」は、たいていの人が想像する「マーケティング」とは仕事の中味が異なる。アップルでは製品こそマーケティングである。スローガンやキャッチコピー、(宣伝の)スタイルやCMソングの選定など、いろんなことももちろん含まれるが、アップルのマーケティングの核心は製品そのものなのだ。
原文は次の通り。
I've said it before and I'll say again: "marketing" at Apple isn't what most people think of as marketing. At Apple, the product is the marketing. There are slogans and taglines and styles and songs to choose, but the heart of all Apple marketing are the products themselves.
なお、この短いエントリーのなかには、アップル退社(事実上のクビ)の予定が発表されたスコット・フォーストルと、デザイン責任者のジョニー・アイブとの仲がうまくいっていなかったのに加え、「フィル・シラーとも衝突することが多かったという話をかなり前から耳にしていた」という記述もみられる。
話を本題にもどすと、このグルーバーのマーケティングに関する見解は、今年6月(WWDCの直前)にBusinessweek誌が掲載したフィル・シラーに焦点をあてた特集記事の中味を踏まえたものだ。その特集には次のような一節がある。
ジョブズといっしょの製品発表のステージ上では道化役の多かったシラーも、ステージを下りれば、ジョブズがもっとも信頼する大きな影響力をもつ片腕の一人で、新製品開発についても、ターゲットとする市場の定義、技術的な仕様の決定、価格設定など、重要な役割を担ってきた。オリジナルiPodのスピンホイール式インターフェースについてアイデアを出してきたのもシラーなら、iPadの可能性を疑うほかの幹部に対して、その潜在力を擁護したのもシラー…(略)…パイパー・ジャフレイのアナリスト、ジーン・マンスターはシラーについてこう言っている。「フィルの役職名が『マーケティング担当』となっているせいで、この人の仕事は宣伝広告に関するものなんだろうと世間の人は考えがちだ。しかし、そういう世間が認めているよりも彼ははるかに重要な存在だ」
原文は以下の通り。
Offstage, Schiller wasn't a clown but one of Jobs's most trusted, influential lieutenants. He helped Apple's late CEO work through the meat-and-potatoes of creating new products: Defining target markets, determining technical specs, setting prices. It was Schiller who came up with the spin-wheel interface on the original iPod, and he was a champion of the iPad when other executives questioned its potential. "Because Phil's title is marketing, people believe he's focused on what's on the billboards," says Gene Munster, an analyst with Piper Jaffray (PJC). "He's much more important than people give him credit for."
この記述に負けず劣らず目を惹くのは、ジョブズ亡き後のアップルでシラーがもっぱらダメ出し役を引き受けている気配を感じさせるところ。具体的には次のように書かれている。
ジョブズと同じように、シラーにも新製品や新機能の選定となると容赦ないところがあり、いろいろなアイデアにダメ出しするものだから、「ドクター・ノー」というあだ名がつけられた。
原文は以下の通り。
Like Jobs, he is ruthlessly disciplined when it comes to choosing new products or features, which has yielded another nickname: Dr. No, for his penchant to shoot down ideas, according to one former manager.
そのほかにも「InstagramがAndroid版アプリを出した途端に使うのをやめてしまった」などという逸話も出ている。
これはあくまで想像になるが、そんなフィル・シラーとティム・クックが、スコット・フォーストルの処遇や、その抜けた穴をどう埋めるかなどについて相談している姿も目に浮かんできそうな気がしてくる。
たとえば、それはこんな感じの会話である。
マップアプリをめぐる騒動の落としどころについて
クック:スコットが『謝罪レターに署名するのは絶対にイヤだ』って言ってる
シラー:そりゃあ困ったな。ヤツだってアンテナゲートの一件をまさか忘れたわけでもあるまいに
クック:『人の噂も七十五日』ではないが、このまましばらく頬かむりして嵐をやり過ごせば、それでなんとかなると思っているようなフシがあるな
シラー:『知らぬ存ぜぬ』を通すのが得策ではないことくらい、あいつもわかっているだろうに
クック:……じゃあ、レターの方はとりあえずオレの名前で出しておくことにするよ
シラー:わるいね。ところで、社内へのしめしはどうつけようか
クック:マップはヤツがDRI(Direct Respsonsible Individual:直接責任担当者)だ。そのことはみんなが知っているから、まったくおとがめなしで済ますわけにもいくまい
シラー:これまでのこともあるし……
クック:こうなったら、辞めてもらうしか手がないかな
シラー:で、この後、iOSは誰にまかせようか
クック:それなんだが、とりあえずはOS Xといっしょにして、クレイグ(フェデリギ:8月にSVPに昇格したばかりの幹部)に見てもらうのがいいと思ってる。ただし『ヤツにはまだ荷が重いだろう』という声もあるから、ジョニーとエディ、それにあんたの3人で、クレイグをサポートしてやってくれないか
シラー:いいよ、わかった
なお、Wall Street Journalはこのあたりの経緯について、実際に「フォーストルは2010年のアンテナゲートの時と同じように、マップの騒動も特に謝罪しなくても対処できる」と考えていたが、それに対してクックや他の幹部が異議を唱えた、という関係者の話を伝えている。
アンテナゲートの時には、ジョブズは「ポカはどこの会社でもあること」と言ってうまくごまかしたものだった。ただし、今回のマップとは違い、あの時には「バンパーをタダで配る」という手が使えた。また「ポカはどこでもやる」というために、わざわざ記者会見を開くことまでした。マップの騒動に関して、フォーストルが実際にどういう対処策を想定していたのか……ちょっと気にかかるが、それを伝えた記事はまだ見かけていない。
ところで。
Daring Fireballのグルーバーはフィル・シラーにも一目置かれ、直々にマンツーマンの製品デモさえ受けたこともあるという著名なブロガーだ。そんな人物だけあって、今回の話についても、その慧眼ぶりを存分に発揮している。
たとえば、比較的早い段階でアップルの出した発表文章の見出し(Apple Announces Changes to Increase Collaboration Across Hardware, Software & Services -- Jony Ive, Bob Mansfield, Eddy Cue and Craig Federighi Add Responsibilities to Their Roles)から、「これは社内の各部門——ハードウェア、ソフトウェア、サービス間の連携がますます重要になるなかで、フォーストルがその妨げとなっていたことを暗に示すものだ」と喝破したり、あるいはGigaOM主筆のオム・マリクのエントリーにある「(フォーストルの敗因は)自分があくまでジョブズの子飼いであり、同時に決してジョブズ本人ではないのを忘れてしまったこと」という一文を「的を射た一言」と紹介してみたり、といった具合である。
紹介されたマリクの方は、仕事として書いた別の記事のなかで、New York TimesのBitsの記事やグルーバーのエントリ、さらにgdgtの記事を紹介した上で、自分の情報源から得た話として次のようなことを記している。
- 「スコット・フォーストルが謝罪レターへの署名を拒んだ」という件については、自分の情報源からは確認が取れていない。ただしNew York Timesではそういう事実があったと記している。
- 「フォーストル解任」の知らせに対するアップル社内での反応については、フォーストルと反目しがちだったエンジニアリング部門を中心に、ひそかに歓迎している感じ。また、退社の決断はかなりぎりぎりになってようやく下されたもので、けっして本人から言い出したものではない。iOSチームやOS Xチームでは、このニュースが一般に出るまで、この話を知らなかったという者も多い。エンジニアリング部門でもほぼ同様だ。
- OS Xに加えて新たにiOSまで担当することになったクレイグ・フェデリギの実力は、今のところまだ未知数。フォーストルほど決断力があるわけではないが、その分、社内を割るようなところも少ない。
- ジョニー・アイブが新設されるヒューマンインターフェース(HI)グループの責任者に就くことで盛り上がっている感じもある。エディー・キューがSiriとマップを引き継ぐのは賢明で自然なこと。
- しばらく前から経営陣の間に裂け目ができていた。フォーストルはジョブズと近い関係にあったが、ほかの幹部からはすっかり孤立していた。フォーストルが評判を築けた本当の理由は、ジョブズのビジョンを実行=形にしたこと、そしてジョブズのマウスピースの役目を演じたことだった。
- フォーストルは、エディー・キュー、ボブ・マンスフィールド、それにジョニー・アイブをはじめとする多くの上級幹部らと「決して愉快とはいえない間柄」だった。
これとは別に、このマリクの記事にはちょっと気にかかる指摘もある。それは、Siriやマップに関する失態の原因が「ジョブズ亡き後のアップル社内で、発表スケジュールを優先して時期尚早な(仕上がりの不十分な)製品やサービスを投入する傾向が目立ってきていることにある」という指摘で、長期的にはこれが大きな頭痛のタネになる懸念があったという。ただし、今回の新人事でアイブがHIグループの責任者としてユーザーとの接点全体を見ることになるから、製品開発に関してもこれまでよりリスクの高い挑戦をしてくることになろう、という見解もみられる。
なお、アップル社内の反応については、前出のBitsの記事に「MLBのサンフランシスコ・ジャイアンツがワールドシリーズを制したことよりもいい出来事。みんな本当に盛り上がっている」という記述がある(情報源は複数のアップル幹部と接触した「ある人物」とのこと)。こちらにも「フォーストルが自分の職分を越えていろんな製品開発にクビを突っ込み、それが他の幹部の怒りを買っていた」とある。
アップルにポスト・ジョブズ=ジョニー・アイブ時代が到来(?)
ジョブズが心を砕いて遇したジョニー・アイブ
新人事の発表を受けて「ジョニー・アイブ時代の到来」と書いているのは、All Things Digitalのジョン・パコウスキィ。彼の目からみると、今回のお家騒動は「1997年にあったギル・アメリオ(当時のCEO)追放以来の歴史的一大事」だそうである。
ウォルター・アイザクソンがジョブズ本人の依頼で書いた伝記本には、ジョブズが「アップル社内で自分の次に大きな影響力をアイブが持てるようにしてある」と語っていたと書かれていた。そのことをご記憶の読者なら、パコウスキィのこの見方も特に驚くべきことではないかと思う。
ただし、アップルというブランド全体にわたって統一感のあるユーザーエクスペリエンスを提供するというのは、ジョブズ時代からアップルが強調してやり続けたことのひとつ。だから、アイブがすべての製品のデザインを監督する立ち場になったといっても、ジョブズの役割の一部——それを言葉にすれば、『美しいもの』『色気のあるもの』を創り出すという、クックにもシラーにもちょっと荷が重そうな仕事、といった風になろう——をより包括的に引き受けるということでしかない。
もちろん、工業デザイン一筋で長年やってきたアイブが、経営全般まですべてを一手に仕切るというわけでもない。実際には現在の「集団指導体制」のなかで、各幹部がそれぞれの持ち味をさらに活かす形で補完し合っていくこと。言い換えると、特定の個人が牛耳るサイロのようなものは極力無くす方向で進めていくと見る方が間違いが少ないはず。そうしてまた、おそらくはクック、シラー、アイブのトロイカ体制で全体の方向性を決める場面がますます増えていくことになるだろう。
いずれにしても、フォーストルの追放はジョブズが残した負の遺産——ジョブズの良いところも、そうでないところも、そっくり真似てしまった——の清算作業の一部という位置付けになろう。この判断がアップルにとってはたして雨降って地固まるという結果につながるかどうか。その答えは無論しばらく時間がたってみないとわからない。
勝手な期待を膨らませがちなファン(の自分)としては、オム・マリクの指摘するようにアップルの挙党一致体制が固まり、その支援を受けてアイブらがよりリスクの高い目的に挑戦して、うまく成功することを望む次第である。
部品の調達からサプライチェーン構築まで、そして今では世界一の時価総額を誇る大企業の運用に特異な才能を発揮するティム・クックCEO
追記
ジョニー・アイブが新たに引き受ける「ヒューマンインターフェースのデザイン」という仕事は、その中味をどう定義するかによって難易度が大きく異なってくるものと思える。表面的なもの、たとえばアイブとフォーストルがよく衝突していたという「似非リアルなデザイン」(skeuomorphic designという正式な呼び方があるらしい)などについては、たぶん簡単に片がつく類のことだろう。いくら読み進んでも(ページを繰っていっても)残りページの見た目の分量が変わらないiPad版iBookアプリなどは、すぐに片がつくものの筆頭かもしれない。
また、もう少し踏み込んでソフトウェアのエンジニアリングに関わる部分まで仕事の範囲が広がったとしても、今のアップルの体力をもってすれば十分解決可能と思える事柄も少なくなさそうだ。たとえば、iOS 6のリリースに際して「アドレス帳の登録件数が1000件以上にもなると、iPhoneのアップグレードがままならなくなる」とジョン・バッテル(WIREDやIndustry Standardなどに関わった著名なテクノロジー系ジャーナリスト、FMP創業者)が書き立てていたバグの問題などもこの範疇に含まれよう。
それに比べると、「新しいフォームファクターを創り出す」とか、あるいはインターフェースの領域を踏み越えて「新しいエクスペリエンスを創り出す」という仕事は、はるかに難しそうだ。具体的な姿のイメージが浮かばないが、とても難しそうなことだけは感じ取れる。
(敬称略)
Keep up with ZDNet Japan
ZDNet JapanはFacebookページ、Twitter、RSS、Newsletter(メールマガジン)でも情報を配信しています。