mPrest Systems社のホームページに並ぶキーワードは、「ターンキー・プロジェクト」「エンド・ツー・エンド・ソリューション」「汎用ソフトウェア・ソリューション」など、一般的なIT企業と変わるところが無い。ただし、そこに紛れている、あまり馴染みのない「4CI」と「HLS」という特殊な略語を除けば、であるが。その意味するところは、「Command Control Communication Computer Intelligence」、「Homeland Security」で、いずれも軍事用語である。
イスラエルの防空システム
Bloomberg Businessweek誌によれば、イスラエルの防空システムを支えているのは半官半民企業であるmPrest Systems社である。同社の防空システムは、無人地帯に落下するミサイルは通過させる一方、それ以外のミサイルについては90%の確率で捕捉することが可能であるという。
mPrest社の提供するシステムは、軍における指揮統制システム(Command & Control System)と呼ばれる分野のもので、制空状況の把握、ターゲットの分類、迎撃ルートの計算、ミサイル発射及び迎撃プロセスのコントロール、などを実現している。相関する数万のオブジェクトの動きを秒単位以下のスピードで制御できるとしている。
このmPrest社のシステムは、.NET上に構築されており、そのアーキテクチャは「モジュラー型」で「汎用性」が高いのだと言う。そのため、プログラムの書き換え無しに、相手の戦術変更に対応でき、また、その技術そのものを、軍事以外の目的にも転用しやすい。記事では例として、フリート・マネジメント・システム(流通業における車両管理の最適化を実現する仕組み)への適用が挙げられている。
国家戦略とソフトウェア産業
この事例において興味深い点がいくつかある。1点目は、軍事産業において、ソフトウェアが担う役割が非常に大きくなっており、ソフトウェアの開発力が国力に直結していること。2点目は、そのソフトウェアの開発力を強化するために民間企業を活用していること。そして、3点目に、民間企業を活用しているが故に、そのアーキテクチャには、汎用的なフレームワークや開発手法が活用されていること、である。
軍事システムといえば、その機密性の高さや用途の特殊性から、完全に独自に構築されるイメージが強いが、ソフトウェアへの依存度が高まるにつれ、いかにしてテクノロジのイノベーションを取り込むかが重要になってくる。そして、イスラエルの防空システムの事例からは、そのソフトウェア開発力が軍事力、つまりは国家戦略に直結していることが示されている。
ソフトウェアビジネスの領域においても、イスラエル製ソフトウェアは、その特殊な技術において高い評価を得ている。筆者の知る限りにおいては、軍事目的で開発されたものが、ビジネス向けに転用されたものであることが多い。つまり、イスラエルのソフトウェア産業においては、国家の軍事システムの開発力がコアコンピタンスとなっているのだ。
軍事力が国家のコアコンピタンスであるという状況を見習いたいとは思わないが、国家戦略においてソフトウェア産業が重要であるという事実は真摯に受け止めるべきであろう。そして機密性の高い軍事システムにおいても民間の開発力が活かされている点、イノベーションにおけるオープン性の重要さが改めて認識されると言えるだろう。
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飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。