学習するマシンをめぐる覇権
IBMの開発した人工知能コンピュータの「Watson」にも注目が集まっている。2011年にアメリカの人気クイズ番組「Jeopardy!(ジョパディ!)」に出演し、過去のグランドチャンピオン2人に圧勝したのが話題となった。Watsonには、クイズ番組に備えて何百万ページにも相当する情報を取り込み、問題内容が出されると、その膨大なデータを分析して回答の信頼度を評価し、正解を導きだす。
IBMではWatsonのように自らが学習するマシンを「コグニティブ(認識)コンピューティング」と呼び、IBMシニアバイスプレジデントのMike Rhodin氏は「IBMの歴史上でも最重要の革新」と述べている。
IBMは、コグニティブコンピューティングを実現するスマートマシンをAI(Artificial Intelligence:人工知能)ではなく、人間の知識を拡張し人間の意思決定を支援するIA(Intelligence Augmentation:知能拡張)として位置づけている。
IBMは1月にWatsonの本格的な事業化に向けて10億ドルを投資すると発表し、Watson関連事業で10年以内に100億ドルの売上高を目指しているという。そして、Watson向けの開発に特化した2000人規模の事業部門の「Watson Group」を新たに設立するとともに、Watsonを活用したソフトを開発するベンチャー企業などに投資するための総額1億ドルの投資ファンドを設立するなど、事業の強化を急いでいる。
現在は、150万人のがん患者の症例や2万ページの医学書の情報をデータベース化し、患者の症状をコンピュータに入れると、膨大なデータを解析し、最適な処方を医師に提案できる段階まできている。Watsonのようなコンピュータが、医師の業務を支援する取り組みも現実的なものになっていくと予想される。
IBMは9月に、Watsonを活用した企業向けデータ分析サービス「Watson Analytics」を発表し、基本機能を無償とし年内にも一般提供を開始するとしている。
このサービスは、IaaS「SoftLayer」上で提供され、「IBM Cloud marketplace」で利用できるようになる。これにより、一般企業でもWatsonのテクノロジをベースにデータ分析や自然言語による対話などが利用できるようになり、学習するマシンの活用がより身近なものになっていくだろう。
学習するマシンに力をいれる企業
米Microsoftをはじめ、Googleの「Google Now」や「Google Prediction API」、米Appleの「Siri」などの先進的なIT事業者は、学習するマシンを生み出すためのテクノロジを駆使し、さまざまなイノベーションを生み出し始めている。米Microsoftの創業者Bill Gates 氏は、2004年2月に
「自ら学習するマシンを生み出すことには、Microsoft10社分の価値が ある」
とコメントしていたが、Gates氏の発言から10年が経ち、サービスの実現段階レベルまできている。米Microsoftでは、7月からXboxやBingなどの製品用に開発されたアルゴリズムや30年以上にも及ぶソフトウェアの研究開発のノウハウをもとに「Microsoft Azure Machine Learning」(Azure ML)のプレビュー版を公開している。
学習するマシンと人間との調和による課題解決へ
企業を取り巻く環境、超少子高齢化や環境破壊、交通渋滞など、現代社会を取り巻く環境は相互に密接に結びつき、課題は山積し複雑化している。
これらの企業や社会全体の課題に対し、人間は、学習するマシンと調和し、知識を拡張した知的労働者として、データによる過去の歴史や日々蓄積される情報から企業や社会が発展するための法則性を学び、その法則や市場変化に応じて柔軟に判断し実行していくことが、求められていくだろう。
- 林 雅之
- 国際大学GLOCOM客員研究員(NTTコミュニケーションズ勤務)。NTTコミュニケーションズで、事業計画、外資系企業や公共機関の営業、市場開 発などの業務を担当。政府のクラウドおよび情報通信政策関連案件の担当を経て、2011年6月よりクラウドサービスの開発企画、マーケティング、広報・宣伝に従事。一般社団法人クラウド利用促進機構(CUPA) アドバイザー。著書多数。