企業ITのクラウドシフト、IoTによる新たなビジネスモデルの構築、全く新しい枠組みによる「ゲームチェンジ」を仕掛けるデジタルトランスフォーメーション、「人工知能(AI)」のビジネス利用も今後進む見込みだ。
こうした技術はそれぞれが微妙に重なり合っており、言葉を必要以上に掘り下げてもあまり意味はないが、広い意味で「 デジタル化」が驚異的な速度で既存の世界に変化を迫っていることは間違いない。
コア事業を運営しながらこうした最新の動きにうまく対応するのは、企業にとってハードルが高いと考えられる。だが、取り組まなければ、Uberの取り組みによって置き去りにされてしまった米国のタクシー業界のように、厳しい現実に直面する可能性もある。
複雑化する事業環境を見据え、企業をサポートするコンサルティングファームの多くが、専門性を武器に日本企業のデジタル変革の支援に乗り出している。
そこでキーワードになっているのが、最高デジタル責任者(Chief Digital Officer:CDO)だ。Booz Allen Hamiltonの名前で知られた戦略系コンサルティングファームをPwCが買収したことで、PwCの戦略コンサルティングチームとして発足した「Strategy&」でパートナーを務める唐木明子氏は「デジタル化は、商品設計、デジタルマーケティング、販売・回収、CRM(顧客関係管理)、チャネル管理など企業活動のあらゆる階層に影響を与える。最高経営責任者(CEO)のような全社的な視点を持ってデジタル化を進めるような存在が必要になる。それがCDOだ」と指摘する。
Strategy&のパートナー、唐木明子氏
では、CDOは誰がなるべきものなのか。現実的には最高情報責任者(CIO)あるいは最高マーケティング責任者(CMO)などが、新たにCDOとして就任するという方法がある。
商品開発などさまざまな業務を理解した上で、情報システムとしては、データ収集や管理体制、分析スキルやプラットフォーム、データとサービスの融合などを進める必要がある。データとしては、顧客属性、取引・販売、顧客の声、顧客行動、営業などの各データを扱う必要が出てくる。
幅広い知見が求められる役割を、1人の人間に期待できるものなのか。PwCのエンターテイメント&メディア リードパートナーのエリック松永氏は「組織が変化していく。従来の延長線上でCDOをやって務まるものではない」と指摘する。
自動運転車を事業化しようとしている自動車会社ならば「クルマ好きな人をどうすれば裏切らないで済むか、人はなぜ運転したいのか、どんなときに気分が高揚するのかなど、見過ごしてしまうような人の機微などもとらえていかなくてはならない」(松永氏)。
PwCのエンターテイメント&メディア リードパートナーのエリック松永氏
また、唐木氏は「デジタル変革には事業戦略、企画、分析、ITなどの能力が必要となる。CDOは必ずしも人という単位である必要はない。チームとしてCDOを位置づける方法もあるだろう」と話している。
コンサルティングファームとしては、CDOもしくは、その役割を担うチームの組織化を支援することが、大きな収益機会になってくる。従来から事業を主導してきた人材と外部の人材を組み合わせ、事業戦略構築、企画の立案と推進、分析、インフラ整備などを、一体的に進められるようにする。
育てる意識が必要
「全社的プロジェクトとして始まったものの、効果が出ずに猜疑心が広がり、頓挫してしまうといったケースがよくある」と唐木氏。限られた人材、経験しかなく、計画性や準備も足りなかったりすれば、なおさら失敗につながってしまう。結果としてデジタルアレルギーになっている企業があるとする。
「トップダウンによる全社的な取り組みにより、既存の仕組みに大きな変化を与えるCDOの存在は、今後の日本企業が活躍する際に重要になってくる」(唐木氏)
ただし、CDOを置いたとしても、各事業部が実権を持ち続け、CDO自身はデジタルシステム導入といった狭い領域に押し込められてしまっては意味がなく、各事業の顧客との接点の持ち方、働き方にCDOが強い発言権を持つべきだという。それを一度に実施しては混乱を招くことは明白であるため、まずは小規模なパイロットプロジェクトを複数立ち上げ、以後の展開の方向性を考えていくのが順番として正しいとしている。
企業のリーダー論として、ITの観点では「CIOがより経営的な視点を持つべき」という期待がかけられたり、「CMOという存在の確立が不可欠だ」といった議論が多くなされる。しかし、ここ1、2年のテクノロジの進展とスピード、経営への影響力の強まりを考慮すると、従来型の枠組みではカバーしきれない印象も出てきている。新たなリーダーシップの担い手として、CDOは1つの有力な候補になってくる。